2011年03月18日

■大震災から一週間...。

東北太平洋沖大震災
2011.3.11。私は、午後のご挨拶回りが早く終わり、病院に行っていた家内をピックアップするために、西友裏のスーパーサカガミの交差点のところで車で待っていました。
「もうすぐ終わるから待ってて」と家内からのメールをもらった直後、車が大きく揺れ始めました。車載テレビでやっていた都知事再出馬を伝える生放送でも、地震を伝え始めました。
そうこうするうち、尋常ではない揺れになり、私が車を飛び出すと、家内も走ってこちらにやってきました。
高層マンションの真下にいた私たちは、近くにいたおばあちゃんを促し、ビルから少し離れてガードレールにつかまりながら揺れが収まるのを待ちました。
しかし、立っているのもやっとのほどの大きな揺れはなかなか収まりません。西友やスーパーからも沢山のお客さんが外へ飛び出してきました。
見上げれば、高層ビルも大きく揺れているのが分かりました。私の車も跳ね上がらんばかりにローリングしていました。
しばらくして揺れが収まると、家内を乗せ、市内各所を巡回しました。小中学校は生徒を校庭に集め、避難していました。幸い、市内は倒壊や事故等はないようでしたし、パトカーや消防車のサイレン音もきこえてきませんでした。
たまに消防の分団の車を目にしました。消防も市内各所の被害状況を見て回っているようでした。
しばらくして家に戻ると、団地の方々も続く余震に大勢の人たちが外に出て、話すことで恐ろしさを癒しているようでした。

家のTVを見ると、この地震による津波被害を報道しており、それは想像を絶する被害に拡大していきました。

私は気がかりは、弟の妻(私にとっては義妹)が仙台出身ということで、仙台にいる彼女の母が案じられました。しばらくすると弟から連絡があり、妻子が仙台に帰省していて被災していることが分かりました。当然、連絡もとれないとのことでした。
もうひとつの気がかりは、私たち夫婦の仲人のご両親が福島県の第一原発のそばに住み、原発での仕事をしていることでした。
10数年前、私たちの結婚を報告に彼地に訪れた時、ちょうど桜の季節で「夜の森公園」のライトアップされた桜並木のトンネルに魅了されたことが思い出されます。
その後、おばあちゃんは近くに避難していることを仲人より教えて頂き、ホッとしたのも束の間、原発事故が拡大し、その後の状況は分かりません。
仙台で被災した弟の妻子は、その後4日が過ぎた頃ようやく連絡が取れ、近くに住む長女の家で全員無事でいることが確認されました。

今回の震災は様々に教訓をもたらしてくれました。
まずは情報が遮断された状態で、どうやって連絡を取り合うか。このサイトを見て頂いている皆様は私のツイッターでのやりとりでご存知のように、携帯も繋がらない、メールもダメな今回、ツイッターが全く支障なく連絡を取り合うことができました。
特に帰宅難民となった方々にとって、清瀬はどうなっているのかということで、清瀬にいる人からのツイートが大きな役目を果たしました。
このことからもツイッターは災害時に有用であることが証明されました。

また発電を原発に頼る我が国にとって、リスクマネージメントの重要さを痛感させられました。ライフラインの重要な電気を、人智でコントロールすることができない可能性のある非常に危険な原子力に拠っているという、ふたつの意味で重大な事故でした。現在も収束していませんが、今後根本から見直さざるを得ない案件です。

しかしながら今回の計画停電で見せた、一朝有事の際は見事に団結し協力するという日本人の素晴らしさは見事です。
被災者に対する国民の意識も見直しました。
惜しむらくは、都市部でおこなっているガソリンや食べ物に対するパニック現象です。ここらへんがもう少し冷静に対処できれば、言う事なしなんですが。

また、国の災害対処もおそまつです。石原都知事や大阪の橋下府知事のように普段は強権でワンマンと煙たがれていますが、こうした一朝有事の際はワンマンリーダーの面目躍如です。
橋下府知事は、提言します。
まず、移動可能な被災者をすべて無事な都市へ避難させよ。そこで衣食住すべてを面倒みて、罹患している人は十分な医療機関にて治療を受けさせよと。
その上で、国は原発対処に全力をあげよと。
避難している方々は、着の身着のままでお越し頂きたい―、衣食住すべて用意します、子供たちは小中高すべてそのまま編入学受け入れると。
感動的な素晴らしさです。
この企画に全国の地方自治体も受け入れに名乗りを上げています。
後は、国をあげてこの大移住計画(府知事は“逆疎開”といっています)の号令をかければ良いだけです。

非常事態の今、国のリーダーのいろいろな意味での号令が待たれるところです。  

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2011年02月25日

■議員定数が20に減りました!!

議員定数削減記事
「ようやく決まったよ!! ありがとう!!」
昨日、直接請求を出された田中長夫さんから喜びの電話がありました。
一市民として、1,480人もの署名を集められるなど、ご苦労の末の議決だったので喜びもひとしおでしょう。

そもそも清瀬市の場合、ずっと26議席でしたが平成13年に2つ減らして24人に、平成17年にまた2つ減らして22人になっていました。

他の市との比較で、議員一人当たりの市民比で言うと、22人だった場合は3,306人ですが、東久留米市(定数22)は5,216人、東村山市(定数26)は5,875人、狛江市(定数22)は3,511人、武蔵村山市(定数20)は3,508人となっており、議員一人あたり負担が少ない(つまり市民の人数が少ない)ことが分かります。

東久留米市や東村山市並に、議員一人当たりの市民比5,000人だった場合、14人の定数ということなります。

その意味では、今回20にはなりましたが、まだまだ多いとも言えます。
とは言え、2つ減らすだけでも、こんなに反対が大きかったことを考えると、いきなり14減らすことは難しかったとも言えるでしょう(今回最初に議員削減案が出されたのが昨年9月議会でその時は継続審議となり、12月の議会でも再度継続審議となった。その後、市民による同趣旨の直接請求の署名活動が始まり、この直接請求が成立し今回の臨時議会となった)。

今回の定数削減は、地方議会改革のひとつとして公明党も賛成をしました。本来、議員にとって定数削減は、自らの選挙を厳しくするものですから賛成しにくいものです。今回、定数削減に反対した議員や党をよく覚えておいてください。

電話を頂いた田中さんは最後に、
「素晴らしい賛成討論をしてくれた西畑議員、久世議員に大変感謝しています!! よろしく行っておいて下さい!」と仰られていました。  

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2011年02月24日

■地元老人会の手作りうどん会にお邪魔しました

手作りうどん大会
先日、地元野塩団地むらさき会の手作りうどん会にお邪魔しました。
この会は、会費制で誰でも参加できる会です。

高齢社会でしかも無縁社会―。
こうした世相にあって、地域でこうした取り組みがあるのは、素晴らしいことです。

皆様方の暖かいお心と温かいうどんで、心も身体も満たされました!!
ありかどうございました。
(2011.2.24)  

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2011年02月20日

■街頭デビューしました!!


いよいよ街頭デビューしました!!

この日は、市内の8箇所で行いました。初めてということもあり、支援者の方々が応援に駆けつけて頂きました。人前で話をするというのは、緊張しますね。

原稿は事前に暗記するよう頑張りましたが、所々咬んでしまったり、詰まってしまったり、いい間違えてしまったり、グダグダでした。

やはり政治家は演説も大きなスキルのひとつですから、しっかりと頑張ります。

今後は人知れずあちこちでゲリラ的にやっていきます。皆様、まだまだ寒いのでお家の中からご支援ご清聴くださいね。よろしくお願い致します。
(2011.2.13)

  

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■遊説デビュー/動画


日々訓練、日々成長を期して参ります。


  

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