2011年05月10日

■支えあう日本!! 支えあう地域!!

支えあう日本先日、たまたま家にいると外から尋常ではない子どもの泣き声がする。我が団地は、48年も続くいわば現代の長屋だから、近所から夫婦げんかの声や酔っぱらいの叫び声、お母さんが子どもを叱る声、子どもの泣き声など、ある意味では、そんなに珍しいことではない。

とは言え、その絶叫に異常を感じた我が娘が外に出て見に行くと、帰って子どもが怪我をしているようだと報告してくれた。

もしもに備えて携帯を片手に飛び出すと、たまたま通りかかったきよバスの運転手さんもバスを止めまさに降りてき、また近所のおじさんやバスに乗っていたおばあちゃんたちも心配そうに降りてきた。

子どもはランドセルを背負った男の子。あとで聞くと6年生だそうだ。両手は血まみれ。川原で遊んでいて、石に右手の親指を挟んでしまったらしい。怪我をした指を抑えていたためか、左手もベッタリと血が付いている。

私が行った時には、誰かがタオルを貸してくれたようで、近所のおじさんが怪我した箇所を巻いてくれていた。

私は怪我の様子や出血の度合いから、これは救急車だとすぐに119を。携帯からかける場合、私はいつも清瀬消防直通にかける。

その間、おじさんは子どもの名前や住所を聞き、一緒に遊んでいた友達に親を呼んでくるように手配。

救急車はここまで来る間に、私の携帯に折り返しかけてきて、怪我のより詳しい様子、怪我をした子の年齢、怪我の状況等を尋ねてきた。泣き叫ぶ子どもに聞きながら、応答。その後間もなく、子どものお母さん、救急車と到着した。

救急隊の方は、すぐに怪我の様子を確認し、手当を開始した。
子どもには厳しい声で
「坊主、目をつぶってろ!!」
巻いていたタオルを全てとり怪我をした指が露になると、これは酷い怪我で、確かに子どもにはキツイ状況だ。
一緒にいた友達は別の救急隊員から、怪我の状況を聞かれると、泣きながら僕が悪かったんですと説明を始めた。しかし、その子が何かしてしまったわけではないようだったが、あまりの出血や救急車が来ての大事に動転してしまったのだろう。

とりあえずの処置が済み、搬送先を手配している間、怪我をした子どもは少し落ち着いたのか友達に、
「本当にゴメンな」
「オレのほうこそ、ごめんな」
と泣きながら、謝り合っていた。

気がつけば、きよバスの運転手さんや近所のおじさんも、いつの間にか何事もなかったように去っていった。

無縁社会と叫ばれて久しい昨今。
でも一朝有事の際は、ご近所同志、支えあう心は厳然としてある。
いつの時代も、「支えあう心」これが一番だ。  

Posted by takosuzuki │ ■活動日誌/BLOG 

2011年05月04日

■赤坂プリンスに行ってきました。

避難所赤坂プリンス
5/4(祝)、先般営業を止め一時避難所として貸し出されている赤坂プリンスに、知り合いのお見舞いに行ってきました。

先にも書いたように()私たち夫婦の仲人のお母さんや妹さんは、避難指示区域である福島第一原発の半径10キロ圏内に住んでおられたため、震災後こちらに移って来られました。

私の選挙活動中は、何くれとなく心配をして頂いていましたが、震災後は本当に大変な状況があったそうで、私も一日でも早く当選のご報告をし、おばあちゃんに喜んで頂きたいと思っていました。

プリンスホテルのロビーでは、トレニア(長机)で作られた総合案内があり、そこで面会手続きをすると入館バッヂがもらえます。

おばあちゃん達はもうロビーでずっと待っていて下さり、もう十数年ぶりの感動の再会となりました。私たち部外者は居住区域である上部階には行けないため、かつてティーラウンジだったところで、お見舞いのお話をしました。

おばあちゃんは83才、その娘さんは下半身不自由で車椅子、お二人とも身障者手帳を持つ身だそうで、被災やその後今日までの避難所生活は大変だったでしょうと、水を向けると、お二人は全く屈託のない笑顔で、こちらに来られるまでは、体育館の避難所で、そこから比べれば天国のようだと仰られていました。

しかしながら、ここには6月の末までの2ヶ月しかおれず、その後の居住地探しに難渋しているとのこと。倍率の高い都営住宅を申し込もうにも、2人家族だと1DKの入居制限となる、しかし歩行に制限があるお二人はベットが必須で、そうなると1部屋にベットは二つ置けない、なんとか2部屋がほしいがこれが中々難しいのだそうだ。

こうした状況の中であり、ましてや障がい者という条件もある。どうしてオンデマンドにならないのだろう。○○でなければダメです、など言えるのだろうか?
ある意味お二人は絶対的な弱者言っていい、これらの方を救えない政治って、なんだろうと思います。

こちらの避難所だけで、数百の方々がおられるそうです。この方々それぞれに、こうしたこれからの生活設計の難しさ、課題ががあるのだと思います。

ぜひそれぞれの方が満足のいく今後のプラン設計を、政治は担うべきであると強く感じました。

2時間余それぞれの話で盛り上がった帰り際、その日何度目かの握手をして、またの再会まで元気でとお別れしました。  

Posted by takosuzuki │ ■活動日誌/BLOG 

2011年04月25日

■初当選しました!!

当選
激しい選挙戦を終え、当選することができました!!
(本来はここでご支援頂いた方々への感謝言葉を続けたいのですが、公選法で禁じられているため書きこむことができません。ご容赦ください)

得票数1375.618(5位)の結果です。
元より私の力などではサラサラなく、ご支援頂いた皆様方のお力であることは言うまでもありません。

今回の選挙戦は、遊説カーを使わない選挙戦でしたので、新人である私にとっては名前の浸透という意味では、とてもキツイ戦いでした。

単純に言って、遊説カーには(パワーも大きさも)大きなスピカーが2つ、または4つ付いていますが、私はハンドスピーカーひとつです。また歩きと車とでは、一日に回れる範囲も全く違ってきます。

しかし、無駄なお金を使わないと決めた選挙戦。7日間、ずっと歩き通しました。
疲れない言えば嘘になりますが、終わってみて“悔いなくやり切った感”は、とても感じることが出来ました。

いよいよ、これからが本番です。
鈴木たかし、皆様のお役に立つ議員として、力をつけて参ります。
今後とも宜しくお願い致します!!

選挙戦最終日、夕刻空にかかった大きな虹が、私の前途を祝福してくれたようでした!!
勝利の虹
  

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2011年04月16日

■今回の選挙戦では、遊説カーは使いません。

本文とは直接関係のない写真ですね。

公明党清瀬市議団として、選挙カーは使しないことにしました。
今回の震災を踏まえ、被災地ではガソリンが不足していることや、公費をこんな形で使うよりも係る費用は最小限にし、むしろ被災地にできることを考えた方が良いとの考えからです。

今回、清瀬では33名の立候補者が予定されています。遊説カーだけでも一人約25万円。ポスターなどすべて含めれば約50万円のお金がかかります。総額1650万円の節約ができるのです。

3月下旬に清瀬市公明党は、遊説カーの自粛を清瀬市議会各会派に提案しました。しかし最終的には各自で判断という形になりました。

私たちのこの呼びかけに、某党はパフォーマンスであると批判し、先の都知事選でも遊説活動をしながら募金をしていましたが、私たち公明党は、党として全国の党員さんに機関誌を通じて募金を呼びかけ、総額5億円を既に寄付しています。
※その後、義援金の寄付は、5/11現在、7億円になっています()。
党として義援金を集めたいならば、まずは自らから募ってはいかがでしょうか。

何はともあれ、百の理屈よりもひとつの行動が大事です。
※参考 崢日新聞記事」
※参考◆崗平市議会議員・立花隆一さんのブログ」


明日から、いよいよ選挙戦です。
皆様にお会いするのが楽しみです。頑張ります!!  

Posted by takosuzuki │ ■活動日誌/BLOG 

2011年04月15日

■震災に備えて

防災対策ビラ

震災後、ご挨拶回りをしながら市民の皆様に強くお訴えしているのは、以下の点です。

,泙困呂寛搬牡屬婆技を確認しあう、連絡方法を確認しておく。→電話、携帯は不通になります。メールも遅れるようです。
その意味では私も再三申し上げていますが、ツイッターは有効です。また、災害伝言ダイヤルも是非活用してください。
■録音171→1→ご自宅の電話番号(市外局番から)
■再生171→2→ご自宅の電話番号(市外局番から)

△爐笋澆乏阿鉾瑤喀个気此M匹譴収まってから火の始末を。→今回清瀬では震度5弱。都内では震度5強。いずれも東京では建物の倒壊はありませんでした。震災地である宮城や福島でも建物の倒壊はほとんど聞かれませんでした。
その意味では、清瀬ではすぐに倒壊の恐れのある建物はほとんどありません。大きな地震が来ても、まず建物は大丈夫。それよりも家の中で家具などの転倒防止をしておきましょう。
■震災に備えて家の中の注意
・家具の転倒防止は、チェーンタイプはダメです。阪神淡路の震災では、簡単に引きちぎれ転倒しました。天井ツッパリタイプのものにしましょう。
・食器棚などは揺れで扉が開いて食器が落ちないようにしておきましょう。阪神淡路では、家の中で割れた食器の破片が散乱し、足を怪我したケースが多かったようです。

それから、清瀬においては住宅密集地帯はそんなにはないのですが、何しろ二次災害として火事が最も怖い。倒壊による死者は少なくとも、その後の火事によって死者が出ることが想定されます。揺れが収まってから、必ず火の始末をしましょう。

何しろ取り合えずとして、以上2点を申し上げています。
当然清瀬は津波の被害はない訳ですから、大惨事を避ける意味では、上記の火事、もうひとつは放射能汚染です。
東海大地震の起きた場合、静岡の浜岡原発がとうなっているか、この点が最重要です。ラジオやツイッターなどで、最新の情報に注意しましょう。その意味で、市の防災無線の不備を解消しておきます。迅速に市民一人ひとりがどう行動したらよいか、アナウンスが大事です。

もっと大事なことは、日頃から私たち市民一人ひとりが、防災意識を高め、それに備えていくことです。

喉もと過ぎればにならないうちに、今から再点検をしましょう。  

Posted by takosuzuki │ ■活動日誌/BLOG