2010年11月03日

プロフィール

プロフィール

建設環境常任委員会 委員長
議会運営委員会 委員
清瀬市土地開発公社評議委員
【役歴】
■H27.6〜H29.5
総務文教委員会委員/議会運営委員会副委員長/新庁舎建設特別委員会副委員長/柳泉園組合議員/清瀬市土地開発公社評議委員
■H25.6〜H27.5     
福祉保健委員会/議会運営委員会/多摩六都科学館組合議会議員/清瀬市土地開発公社評議委員/新庁舎建設特別委員会
■H23.6〜H25.5
総務文教委員会副委員長/柳泉園組合議会議員/国民健康保険運営協議会委員


●昭和38(1963)年10月24日生まれ。54才

●清瀬市立第四小学校、同第四中学校、都立清瀬東高校(現東久留米総合高校)を卒業。
創価大学経済学部を卒業(H24年、30年かかって通信教育課程を修了)。

●イベントプロデューサー、グラフィックデザイン・サイト製作など、広告業務全般に携わる。
●大野ゆり子元衆議院議員秘書(1996~2000年)
●清瀬野塩団地自治会会長(平成22・24・25年度)

防災士
四中校区円卓会議 議長、四中避難所運営協議会会長
●四中学校運営連絡協議会委員、四中学校評価委員

●妻と長女(この春から社会人)・長男(大学2年生)の4人家族
●趣味は読書と音楽(聴くのも好きですが演奏するのも好きです)
★好きな作家:藤沢周平浅田次郎新田二郎藤原正彦宮本輝司馬遼太郎など
★好きなミュージシャン:浜田省吾、尾崎豊、槇原敬之、ビートルズ、イーグルス


スズキタカシの生い立ち

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■昭和38年10月24日木曜日、朝に大泉学園の助産院で生まれたそうです。2つ上の兄がおり次男でした。その後、3才下の弟、10才下の妹が生まれ、4人兄弟になりました。

父が俳優をしていたため東映撮影所に近い大泉学園に住んでいたそうですが、ほどなく出来たばかりの清瀬の都営住宅が当たり都営野塩団地に引っ越してきました。もちろん私は物心ついた時は清瀬でしたので、実感としては生まれも育ちも清瀬です。

■幼稚園はできたばかりの野塩1丁目にある「しらうめ幼稚園」でした。第1期生です。私の二人の子ども達も、ここしらうめ幼稚園にお世話になりました。以後子ども達は、現在四中生ですが、四小〜四中と私と同じコースをたどっています。

思えば、私も幼少期から野塩団地で育っていますので、親も子も同じ野塩団地で育ち、同じ幼稚園、小中学校に通っていることになります。

父も現在野塩団地に住んでいますので、三世代がここ野塩団地にいる訳です。意図したわけではありませんが、これは素晴らしいことだと思っています。

■清瀬第四小学校に入学しました。ここ四小も写真後ろを見ると、「第四回入学式」とありますから、できたての学校だった訳です。その後入学する四中も、2つ上の兄が3年次から四中に変わりましたので、私は2期生だったのです。

またその後に入学する清瀬東高校も(現在は都立久留米総合高校と統廃合されましたのでありません)、2期生として入学しています。

清瀬自体が新興都市として誕生したてでしたし、高度成長期にあっては都市部はどこもできたての学校だったのかもしれませんが、草創期に縁のある私です。

ちなみに、父を挟んで隣にいるのは母の姉の子、つまり私にとって従兄弟である「ヒロシ」君です。私と同級生で、「タカシ」と「ヒロシ」、いいコンビで以後20才くらいまでずっと仲よしでした。

■小学5年生の時、妹が誕生しました。男ばかりの3兄弟でしたので、妹の誕生はとても嬉しかったですし、とても可愛がりました。

余談ですが、妹の誕生によって「兄」「弟」「妹」という兄弟も持ちました。「姉」だけがいなかったので、年上の女性にとても憧れました。私の家内が年上なのも、その遠因はここら辺にあるのかも知れません。

小学4〜5年の頃は、絵の才能も開花しました。というより、これは父の血筋でしょうか、父はとても絵が上手いです。そして、兄も天才的に絵が上手いのです。

■その血筋は、私にも多少流れており、図工の時間に描いた絵が市のコンクールなどに入賞することも数々(しばしば)でした。左の写真は市のコンクールに入賞し当時の市民センター(現けやきホール)に観に行った時のスナップです。

■また、当時の郵政省主催で「郵便」をテーマにしたコンクールに入賞したこともありました。全校朝礼で賞状の授与式までして頂き、とても緊張したのを覚えています。

しかし残念なことにそうした才能(?)も小学生までで、その後すっかり絵を描くこともなくなってしまいました。

■地元の四中に進学し、「空手」に夢中になりました。正しくは小5の頃から、やはり兄の好きだったブルース・リーに憧れ、空手にたどり着いたわけです。近くに道場がなく、見よう見まねで自己流の練習をしていました。このスタイルで、高校卒業まで空手の修行(というほどではありませんが)に明け暮れていました

またこの頃は兄の影響でビートルズを聴きまくってもいました。

■中一当時、事故で亡くなった親友のお父さんから、フォークギターを頂いたことをきっかけに、ギターも弾けるようになりました。その後、フォークギターからエレキギター(これも知人から頂きました)へと楽器は移り、バンドを組むようになりました。

■高校は地元の新設校・清瀬東高校です。

私たちが中3の時にできた高校で、偏差値52くらいのまったく普通の子のためにできた高校でした。中学生当時の私はあまり成績が良くなかったのですが、一生懸命勉強し、何とか合格しました。私としては努力をして勝ち取った合格でしたので、東高に入学できたことは嬉しかったですし誇りでした。

■高校に入学してほどなく生徒会長になりました。何しろ新設校なので、他の高校にあるようなものは何もない。すべてが新たな試みでした。文化祭、体育祭、生徒会新聞、クラブの創設等々。無から形を作り出す楽しさを知りました。社会人としてイベント屋になる素養はこの頃にあると言っていいでしょう。と同時に人をまとめる大変さなども味わいました。

■生徒会と同時に、バンド活動もやっていました。ロックバンドをやりながら、そのメンバーのボーカルとサイドギターの子と3人でフォークバンドもやりました。特に高3の時は二回目の文化祭ということで、体育館でのロックコンサートと中庭でのフォークコンサート、いずれにも出演しました。ロックバンドで演奏したのは、チャイナ・グローブ(ドゥービー・ブラザース)、クイーンの曲(曲名忘れました)、ソングイン・マイ・ハート(char)、ホテル・カリフォルニア(イーグルス)などです。フォークでは、ビートルズやオリジナルの曲を演奏しました。

■また高3の受験期にとっての天王山とも言える夏休み中、東京都の青少年健全育成の一環として行われた「第2回洋上セミナー」にも参加し、グアム、サイパンに行ったことも、私の人生にとっては欠かせぬ思い出です。

■その甲斐あって(?)、受験は失敗。高校卒業後はすぐに働きました。高校生活があまりにも素晴らしく、私は当時漠然と学校の教員になろうかと思っていましたので、通信制の大学に入学。夏だけのキャンパスライフも満喫しました。この大学生活も私にとっては重大な経歴となりました。ここでも私は、高校時代の生徒会的な活動に取り組み、以降26歳までその活動に専念をしていました。

■メインの活動は夏のスクーリングの期間中に行われる「学光祭」という催しの運営。スクーリングが始まって10日目の催しなので、何しろ時間がない。時間との戦いでした。特に、通教の歴史に残る第10回と第13回の学光祭に関わらせて頂いたことが生涯の原点です。

ちなみに、この頃大変に私を可愛がってくれた4つ年上の大先輩とずっと後年、結婚します。


  

Posted by takosuzuki │ ■プロフィール/PROFILE 

2010年11月01日

■2011年選挙でのマニフェスト(政策)

◎健康・福祉に全力
●子宮頸がん、ヒブ、肺炎球菌のワクチン接種費用の助成を推進します。
●多摩小児総合医療センターを中核とした小児・周産期医療のネットワークの強化とともに、多摩北部医療センターの小児医療を充実します。
●24時間対応の地域密着型介護サービスが受けられる環境整備や、在宅介護家庭への特別支援制度を創設します。
●都立清瀬小児病院跡地に先進的な大規模通所施設(デイサービスセンター)の誘致をめざします。
●障がい者の自立や社会参加へ、就労支援センター「ワークル・きよせ」の充実など支援体制を強化します。

◎活力・教育に情熱
●地元農産物のブランド力を高め、地産地消を推進し、農業をさらに活性化します。
●商店街の活性化やベンチャー企業の支援を推進します。
●小中学校の普通教室を冷房化します。
●東京多摩国体(2013年)の開催に向けて下宿運動公園や交通アクセスを整備します。
●民間の力を生かす指針づくりなど行政改革を進めます。
●市民目線で議会改革に挑みます。

◎安全・環境に真剣
●浸水防止へ雨水全体計画を策定し、雨水の排水設備や浸透マスの設置、貯留施設の普及を進めます。
●災害時の要援護者対策や自主防災組織の育成を図ります。
●ケヤキ並木や雑木林などの緑を守るとともに、水辺環境を整備します。
●リサイクル推進計画の策定など、ごみ減量、資源の有効活用を進めます。
  

Posted by takosuzuki │ ■政策/MANIFESTO 

2010年10月30日

●清瀬市議会公明党の実績

◎健康・福祉を前進
●乳がん、子宮頸がんの検診無料クーポン券を配布(2010年度)。さらに継続をめざす
●妊婦健診(里帰り出産含む)を5回から14回に拡大
●就学前児童の医療費無料化。中学3年生までの医療費を通院1回200円に(さらに無料化、所得制限撤廃をめざす)。
●保育園の待機児童解消を進め、病児・病後児保育も実施
●子ども発達支援・交流センター「とことこ」の開設
●65歳以上の肺炎球菌ワクチン接種の費用助成
●認知症グループホームの整備を促進

◎安全・環境・快適の街づくり
●小中学校の耐震改修は、2008年度に体育館を終え、2010年度中に校舎も完了へ
●AEDを31の公共施設に設置(小児用も主な施設に)
●ひまわりフェスティバルの開催、柳瀬川回廊の整備
●「きよバス」の運行
●清瀬駅東側の立体交差「清瀬立体」の開通を推進
●住民税などのコンビニ収納(2011年度から)

◎活力・教育をバックアップ
●旧・清瀬東高を、生涯学習、スポーツ、福祉、地域の活動拠点「清瀬コミュニティープラザひまわり」として再生
●清瀬市民センターを再整備(けやきホール)
●プレミアム付き商品券の発行
●清瀬駅南口の農産物共同直売所の開設
●校庭(清瀬小、十小、三中)を芝生化。今後、他校も推進
●放課後子ども教室を全小学校で実施
  

Posted by takosuzuki │ ■実績/RECORD | ・政策

2010年10月01日

■ご挨拶

清瀬に住んで、47年―。

生後すぐに当時出来たばかりの清瀬野塩団地に移り住みました。

以来ずっと清瀬に住んでいます。

清瀬には眩しい自然・緑豊かな土の匂い・川のせせらぐ水の音があります。

私は清瀬が大好きです。そして清瀬に住む人々も大好きです。

子どもから大人まで安心して暮らせる街−清瀬。一人ひとりを大切にする政治のある街−清瀬。

どこまでも現場主義に徹し、皆様とともにそんな清瀬をつくってまいります。

皆様の力強いご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

鈴木隆司  

Posted by takosuzuki │ ■活動日誌/BLOG