2011年07月14日

■ごみ処理施設の視察に行ってきました。

ゴミ処理施設の視察
7/13(水)、市の利用している一連のゴミ処理施設を視察してきました。

物事にはそれぞれ、そうなっている理由があります。ゴミ問題も勿論そうで、私たち市民はかつてはすべてのゴミを様々な袋に入れて捨てていましたが、ゴミ処理施設の飽和状態、またはゴミ焼却にかかる公害問題等を踏まえ、分別をして、燃せるもの、リサイクルするもの、それぞれに処理方法を工夫し、今日に至ります。

今、原発問題の渦中で、原発は放射性廃棄物を処理する方法が暫定的なもので、それゆえ“トイレのないマンション”と言われるほど、この廃棄物処理という問題は、多岐にわたり難しいのです。

今回、「容器包装プラスチックごみ」の処理施設として、東久留米に施設をもつ加藤商事の“フェニックス”を最初に訪れました。ここでは、「容器包装プラスチックごみ」をリサイクル工場に入れる前段階として、リサイクルに回せないゴミを峻別し、パッケージ化する工程を担っています。「容器包装プラスチックごみ」として出されたゴミは、リサイクルされるので、例えば歯磨き粉の容器は中身を使い切った跡、残滓(ざんし)が残らないように出さなくてはなりません。

続いて訪れた柳泉園では、「容器包装プラスチックごみ」以外のすべてのゴミを処理する施設です。主に“クリーンポート”と呼ばれる燃やせるごみを焼却する施設、そして粗大ごみや燃やせないゴミを細かく破砕する施設、そしてまた古紙やダンボール、瓶缶などをリサイクル施設に回す前段階を担う施設に大別できます。

最後に東京の奥多摩日の出町にある二ツ塚処分場に行きました。ここでは、灰となったゴミや細かく破砕された不燃ゴミなどを埋め立てる施設です。ここがゴミの最終工程となります。

よくTVで東京湾の埋立施設で何台ものゴミ収集車がゴミを捨て、ゴミが風に舞っているシーンを目にしますが、まさにあの段階がここで行われているのです。

ところが、処分の工程は同じでも、現場の様子は全く違います。この日視察した一連の処理工程は多摩地域の処理方法で、それぞれの過程で厳密に分別され、次の工程に移る際もとてもきれいにパッケージングされていましたし、ここ二ツ塚にくるゴミも焼却灰であれ、不燃ゴミであれ、とてもキレイでした。東京湾に埋め立てるのは23区の方法だそうで、あの光景との違いにとても驚きました。

当初、ここが作られた際も、地元の反対の中を丁寧に説明をし、キレイに利用するということでご理解を頂いたため、東京湾のような方法では全くなく、ゴミを下ろす、土を被せる、ゴミを下ろす、土を被せるの工程を順繰りに行い、そしてホコリが風で飛ばぬよう一日に何度も散水しているという状況でした。

しかも、そもそもゴミ埋立はキリのない作業で、東京湾の例でも分かるよう、ゴミでいっぱいになったら別の場所に移るという風に処理場がどんどん広がっていきます。しかしここ二ツ塚では、当初は焼却灰と不燃ゴミ両方を埋立ていましたが、それでは先がないということで、焼却灰はセメントとしてリサイクルすることになり、その施設がここに併設されています。それ以降、焼却灰は埋め立てをしなくなり、不燃ごみのみの埋立となりました。それは施設の大きさに対し、年間0.02%程度なので、ここの施設は半永久的に利用出来る目処がたったのです。

ここ二ツ塚では、地元日の出町は利用していないそうです。日の出町は別途あきる野市や奥多摩町などとともに、別の処理システムを持ちそれを利用しているそうです。まるで福島における原発の例のようでした。地元にしてみれば、ゴミ施設はそれを作ることで自然を破壊し、ゴミという不快なものを捨て場合によって匂いもあるかもしれない、そしてゴミが風化していく中で公害をもたらすかもしれない、こうした反対の声をひとつひとつクリアし、それは見事な施設を創りだしたのです。

今回の震災でも言われる日本人の国民性について、課題が困難であるほどそれを乗り越える智慧とパワーが私達日本人にはあるなと実感しました。特に行政マンの能力を遺憾なく発揮させたのがこの例であると思います。

力ある行政の組織、そして一人ひとりのお力をお借りし、その能力を生かし切っていくべきなのが、政治家であると実感をした一日でした。

Posted by takosuzuki │ ■視察