2011年11月12日

■子ども権利条例(上越市)、学校避難所(長岡市)、視察に行って来ました。

上越市視察

11/10(木)〜11(金)と新潟県に視察に行って来ました。まず11/10は、上杉謙信のふるさと新潟県上越市へ「子どもの権利条例」を教えて頂くため、上越市役所こども課に伺いました。

上越市はこの課の名前からも分かるように、子どもに対する意識の高いところです。そうしたところだからこそ、そうした条例をしようという気運が生まれるのでしょう。子どもの権利条例では、子どもが大人子供問わず誰からも虐待やいじめなど受けることなく健やかに大人になっていくための権利を有する、それを守っていこうという条例です。当たり前といえば当たり前ですが、昨今の社会情勢を見ているとこうしたことを再確認する必要があると、つくづく思います。
※写真はお出迎え頂いた、上越市公明党の上松和子議員(左から二人目)と杉田勝典議員(右から二人目)。

〈 子どもの権利の尊重と保障のための基本事項 〉

○ 子どもの最善の利益が考慮され、子どもの心身の健やかな成長が促進さ
れること。
○ 子どもは次代を担う地域社会の宝として、地域社会で守られ、育てられ
ること。
○ 子どもはいかなる差別もされないこと。
○ 子どもが虐待やいじめによる危険から守られること。
○ 子どもの意見が最大限に尊重されること。
○ 子どもが自らの可能性を信じ、自身の成長のために努力しようとする意
識を持てるようにすること。
○ 子どもが自らの権利を自覚するとともに、他の人のことも思いやり、尊
重することができるようにすること。

(子どもの権利条例第 3 条 抜粋)


長岡市立東中学校

また翌日11日は、長岡市へは「避難場所としての学校のあり方について」をテーマとした視察を行いました。長岡市は7年前、最大震度7を記録した中越地震に見舞われた中心都市です。東京消防庁のハイパーレスキューが出動して崖崩れで車ごと生き埋めとなった2才の男の子を救出したあの地震です。

今東日本大震災を経験して後となっては中越地震は大したことがないと思われがちですが、長岡市の防災に対する取り組みをみるといかにそれが凄まじいものだったかが分かります。長岡市では、震災後建て替え計画のあった中学校を防災機能を備えたものに設計変更しました。今回はその長岡市立東中学校を見学させて頂いたのです。一朝有事の際は避難所となることを考慮した学校施設はかくあるべしというモデル学校でした。

中越地震で避難所として使った総括を踏まえての建て替えですので、微に入り細に入りよく行き届いた作りになっていました。
※長岡市立東中学校

この学校の特色はそれだけでなく、佐藤忠弘校長も仰られていましたが、防災の観点から視察に来る人と教育の観点から視察に来る人とタイプが2通りいるそうで、例えば1年を3学期制ではなく前期後期と2学期制にしたり、それぞれの授業を充実させるために教科によって教室を変わる、通常は教室はひとつで先生が変わりますが、ここでは生徒が授業ごとに部屋を移動するのです。なるほどそうなるとそれぞれ部屋によって壁に貼られているものが違い、教育環境にも力を入れている感があります。佐藤忠弘校長は“環境が子どもを育てると同時に、子どもが環境を作っていく”と仰られていましたが、その通りだと思いました。

長岡市震災アーカイブセンター

その後、長岡駅前に移動し駅前の一等地にある“長岡震災アーカイブセンター”を見学しました。駅前地域は再開発の真っ最中で来年はここに市役所が移動してくるそうです。いち早く完成したビルテナントにあるこのセンターは、震災の記憶を風化させることなく、記憶を未来へとつないでいくためのに作られたそうです。この充実ぶりも素晴らしく、例えばフロア一面に被災した長岡市全域の航空写真がありそこを貸し出されているアイパッドで見ると、被害状況や現在の様子などが詳しくホップアップ画面で見ることができるのです。その他、パネル展示や大画面プロジェクターによる動画等々、まさにアーカイブセンターでした。
※長岡震災アーカイブセンター

長岡市は近年合併により被災で有名な山古志村や小千谷市などと一緒になりました。そうしたことからか、市のプロモーションということにも力を入れており、“シティ・プロモーション活動”として市のブランド化を戦略的に行なっています。防災だけでなくこうした点も含め、また何度か視察させて頂きたいと思っています。

Posted by takosuzuki │ ■視察