2014年09月29日

★郷土教育として「清瀬学」の開講を

郷土教育として「清瀬学」の開講を

ただいま第4次長期総合計画について伺いましたが、私がその中で期待するのは、将来の我がまちに夢と希望を見出すことのできるプランであり、我がまちを愛し、住み続けたいと思わせるプランです。そうでなくては子育てにしろ、教育にしろ、まちづくりにしろ、ここよりもいいところがあれば、そちらに移転してしまう。ただ単に行政サービスがよいだけではだめなのだろうと思います。そのためには、やはり市民の皆さんに我がまち清瀬をもっとよく知ってもらう、そして、もっと好きになってもらう、そうして、そうした気持ちがあって初めて市民と行政が手を携えて、もっとよいまちづくりができていくものであろうと思います。

市民の皆さんに、清瀬市をもっと知り、もっと愛してもらう、そのために今回私は郷土教育としての「清瀬学」の開講を提案いたします。

シティプロモーション戦略を立てる上でも、市の研究は不可欠

きのうの渋谷のぶゆき議員への答弁で、シティプロモーション推進本部の設置が発表になりました。私も今から3年前の平成23年9月議会にて、経営戦略室の設置を提案しました。私はこの部署で担うべき役割として、第4次行財政改革の進行管理を担い、また、自主事業や企業誘致といった新たな財源を模索する経営戦略の企画推進を行う、そして、また清瀬市という行政ブランドの確立へセールスプロモーション戦略を立てるなど、いわば戦略的コンサルティング業務を担う専門部署であると申し上げました。

そもそもセールスプロモーションとは、シティセールスが売り方に比重を置いているのに対して、どうしたら売れるものになるかといった、よりその商品そのものを見つめ直し、その商品の特異性を見出す作業、それはすなわちブランディング構築のための再定義、見直し作業であります。

市のHPより
清瀬市も今年度より市史編纂室を立ち上げた(市のHPより)

私がかつて申し上げたインテリジェンスの高いまち清瀬などや、また、とりわけ市長がおっしゃられる世界に誇る医療文化遺産のあるまちなどは、今まで我々の知っている清瀬市を違った角度で見直したとき、初めて見えてくる清瀬市の姿であり、清瀬市の魅力、すばらしさを見つけるという角度での再検証作業の結果、初めて浮かび上がってくるものです。

そうしたシティプロモーションのために再定義したものを、そのまま清瀬学として構築する。清瀬市とはどんなまちなのか、どんな成り立ちで、どんな人々の集うまちなのか、それを学校で、また、市民学習の場で講座として教え得るものにしてはいかがでしょうかというのが私の提案です。いわば、プロモーションの結果として、その戦略の一つがその清瀬学講座の開講と言ってもいいでしょう。

また、一つの講座として教えるに足るものにしていったとき、薄っぺらでない歴史と伝統と知性と文化あふれるまちとして、誰人からも尊敬される、誇れるまちとなっていくものと思うのです。

そして、現在、本市では小学校の社会科の授業の中で、清瀬市について書かれた副読本を使っての清瀬市の教育が行われています。その中では、清瀬市の魅力を教えることが主眼ではなく、自分の住むまちを通じて、社会の仕組みを学んでいくことが主であり、また、この授業に費やされる時間も少ないため、本市についてのより深い理解には至らないこともあるでしょう。また、現在、新たな角度での副読本の作成が進行中であるとも伺いました。

“清瀬学”とはどんな内容か?

それでは、私のいう清瀬学とはどんな内容になるのか。例えば市の成り立ち、面積、人口などといった絶対的な事実を、ただ数字として教えるのではなく、他地域との比較、面積や人口は26市の中で何番目であるとか、面積の中の農地や住宅の比率はなど、他市と比べて優位にない現状も踏まえつつ、それでも他のこと、例えばニンジンの生産量が東京で1番であるとか、病院またはベッド数は何番目であるとか、そうした相対的な事実や評価を取り入れる。そして、本市独自の魅力を伝えることも念頭に入れた講座にできればと思います。

また、時間軸として、縄文の時代から医療・福祉に貢献し、近代でも人類を滅亡させるだけの疫病と闘ってきた歴史を学び、空間軸として医療だけでなく、大学や研究機関の集まるまちなど、カリキュラムとして体系的な学問に構築させ、重層的な学問にしていきたい。また、ニンジンの生産量をいうときには、ニンジンの健康効果をあわせて教えることにより、ニンジンの生産量が多いということに魅力が生まれますし、病院の数をいう場合、近隣市の中で清瀬市の病院がどういう役割を担っているのか、また、病院の多さに由来すると推察される和菓子屋さんや床屋・美容院の多いまちといった清瀬市の特異性も教えられると思います。ある事実を通して、そこに意味を見出し教える、こうした再定義の講習を担う講師には、誰よりもその分野に精通しているか、また、誰よりも郷土愛のある人がふさわしい。その意味でも、広く市民から講師を採用したり、また、三大学や医療・研究機関の協力を得ることも考えられるのではないでしょうか。ともあれ、我がまちのことが一つの学問として成り立つというのはすごいことなんだと思います。であればこそ、世界医療文化遺産にもエントリーすることについて、何で清瀬市がから、さすがに清瀬市だと見直していただけることと思います。ご所見をお伺いいたします。

【答弁/絹良人教育部長】
議員のご指摘のように、現在小学校ではさまざまな郷土教育をしておりますが、小学校では第3学年の社会科の中で自分たちの住む地域の特色や、人々の生活等について学習することになっております。

本市の9校の小学校も、副読本わたしたちの清瀬を活用して、また、必要に応じて施設等の見学を交えながら、清瀬市についてさまざまなより広く、より深く知ることができるような学習活動をしております。

一方、清瀬学の趣旨を踏まえますと、むしろ総合的な学習の時間において、幾つかの学校が進めている内容に慣例を見ることができるのではないかと思われます。

例えば、清明小学校では下宿ばやしについて学習し、実際の経験等を通して、地域への理解と愛着を深める学習をしております。また、清瀬第八小学校では、学校区にある御殿山について調べたり観察したりして、理解を深める学習をしております。自らの住まうまちに対する愛情を持つという意味では、清瀬学の趣旨とつながるところがあるのではないかと考えられます。

本市教育委員会といたしましても、今後ともご提案のような地域の教育資源や豊富な人材を生かした郷土愛を育む学習を進め、清瀬学につながる取り組みを進めてまいる考えでございます。

また、現在、清瀬市の郷土博物館でも作成としております清瀬郷土かるたの学校教育における活用や、さまざまな市民講座、イベント等の関連づけも今後課題として捉え、考えていきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

昨日他の議員への答弁で、郷土教育は小学校4年生の社会科の授業ということでしたが、もし清瀬学やる場合、小中学校のどういう枠で何年生に対してやるものでしょうか。
【答弁/栗林昭彦教育部参事】
今の清瀬学のお話を承りますと、教科でいうと総合で習う時間というのが一番ふさわしいかと思います。対象は小学校3年生から中学校3年生までございます。

やはり余り低学年ですと、こういうのは清瀬市はいいぞ、清瀬市はいいぞという洗脳教育になってしまっても困るし、また、やはり物の判別がついて、清瀬市は大したことねえなって思っている人が、いや、実は清瀬市はすごいではないかというところが大事なことなんだと思うんですね。

シティプロモーションとは、“見直し”作業

ですから、きのうお話があったシティプロモーション推進本部というのは、私自身はやはりこれは見直し作業なんだと思っているんですね。市長がもうずっと言っておられて、もうこの3年間は市長が1人推進本部の本部長だったわけで、自分で考えて自分でやっていた、自分で考えて自分で売りに行くということを3年間やってこられていまして、今回の結核の再定義についても、私たちだって小さいころからいますが、結核研究所がそんなすばらしいところだったとつゆ知らなかったことですし、悲田処のお話もそうでした。私も50年野塩にいたのに、悲田処という由来があることも知りませんでしたし、無論遺跡の件も、遺跡があったことはもちろん知っていますが、縄文の時代から今と同じような役割を担っていたんだという、これ感動的な話ですよね。

“見直したぜ、キヨセ!! プロジェクト”

それから、きのうお話があった清瀬という市名の由来も、独自の案ではないですよね、これ。それから、下水処理場もそうでした。私、下水処理場についても近隣9市のそういう汚物をきれいにして返してくれる、浄化作用を清瀬市で持っているんだと。こういうように枚挙にいとまがないわけですね、渋谷市長のこのプロモーション作業。私はこれっていうのは、一つは見直したぜ、清瀬プロジェクトと呼んでいるんですが、見直すんですよ。クラスにどうってことのないおとなしい青年がいるんだけれども、運動会になると物すごい速い。見直したぜという、そういう清瀬市も近隣26市の中で比べて、いつもおとなしくしている、教室の端のほうで座っているような市なんです、本当は。またあの税収一番低いんだってとか言われて、クラスの友達にいじめられたり。だけれども、運動会とかそういうところになると、もうすごいんですよ。実はあいつすごいねという。

やはりさっき市長がおっしゃられました自虐史観というお話ありましたが、やはり戦後日本が自虐史観の中で、これどうする、ともすると俺なんかどうせと言ってしまいそうなところを、いや、そうではないんだと胸を張って誇れる文化というか、誇れる心の土壌というのがやはり重要なことで、それは我々清瀬市民にとっても同じことだと思います。

その意味で、もしこの清瀬学というのを学問としてまとめていく作業というのは、きのうお話が出ていた副読本の部分で、市内の先生方をまとめてやっていらっしゃるというお話伺いましたが、それはもう一つはシティプロモーション推進本部の業務でもあろうかとも思うんですね。

市長、やはりずっと言ってこられたシティセールスについてのトークという、再認識の言葉というのは、あれ1冊まとめると実は清瀬学なんですよ。そういう意味では、今回清瀬学をつくる、またはシティプロモーション推進本部をつくっていく上でも、ゼネラルプロデューサーは渋谷金太郎にしていただいて、ぜひ監修をいただければと思います。

清瀬市に所縁のある有名人を顕彰

何はともあれ、一つの市を知っていくという意味で、一番手っ取り早いのはやはり有名人ですよね。前も言ったことあるかもしれませんが、どうしても清瀬市というと、昔は村野武範さんという、まあねっていう。ちょっと我々の世代になると中森明菜さんとかということになってくるんですが、やはり有名人がぽっと言うと、ああねっていうことになると思います。

このたび澄川先生に名誉市民称号を与えられました。名誉市民条例というのは、やはり条例があるので、その条例に基づいて検証されていくことなんだと思うんですが、さまざまな分野でこういう著名な、また、立派な方が清瀬市に縁した、またはかかわっているということをいう意味でも、名誉市民というのが一番手っ取り早いですよね。私ども条例に基づいて、どんどん上げていったら、軽はずみに出してしまってもいけないですが、それに見合うだけの貢献をされた方については、ぜひ上げていったらいいんだと思います。

そういう意味では、今まで澄川先生だとか、私の中では条件があって、その著名人が清瀬市に縁したことを隠さない。例えば自分が清瀬市で生まれ育ったんだけれども、ひた隠しにしているとか、ひた隠しにして生きているとかというんではなくて、私は清瀬市に生まれたんだ、文句あるかぐらいの、そういうところで清瀬市を誇っている人については、それはもう名誉市民称号を与え得るにふさわしい方なんだろうと思います。

藤沢周平、是枝監督も名誉市民に

その意味では、この間も言いました藤沢周平さんという作家は、自分の本の中で、全部あの方は小説を書いていらっしゃいますが、半生記という自分の半生を書いた本の中では、清瀬市中里団地で生活していたんですよって書いてあるんですよ。娘さんが書いている藤沢周平というお父さんに対する本にも、お父さんは西武池袋線が好きねって。清瀬の次は東久留米、東久留米の次は大泉行っているわけですから、清瀬市のことをちゃんと宣揚してくれている人、また、世界の是枝監督も次回作をつくっておられるやに伺っていますが、その制作の方とちょっとお話しする機会があったときに、次回作はもう自分のイメージの中で、もう旭が丘団地で育っていらっしゃるから、旭が丘団地のあの商店をイメージして、脚本を書くという、もうあの世界の是枝がですよ。世界の是枝が清瀬市をイメージして作品を書くなんて、素晴らしいじゃないですか。

今後話題になるであろう武谷ピニロピ・三男夫妻を清瀬名誉市民に

それとか、また、これも前言ったことあるんですが、武谷病院(現医療法人社団レニア会)の理事長武谷ピニロピさんという方も実は最近ちょっと焦点が当たっていまして、戦争終わってすぐにロシアから渡って来られ、日本でお医者さんの免許を取って、この清瀬市の南半分は結核でやっているところを、北半分は私が診ようと。ピニロピさんってロシア人なのに、すごい江戸っ子なんですよ。ニンジンやジャガイモで診察されたそうです。赤ひげですよね。また、この方のご主人様が三男さんという方で、この方も湯川秀樹とかノーベル賞を取った方々と一緒に京都大学物理学教室をやっておられて、最近ノーベル物理学賞を取った益川先生という方が師と仰いでいた人が武谷三男さんです。この方は清瀬市には住んでおられませんでしたが、清瀬市内の施設で亡くなられたそうです。だから、こういう清瀬に縁した方々をどんどん推奨していっていただけたらいいと思うんです。

武谷三男氏
「日本人は何をめざしてきたのか? 知の巨人・湯川秀樹と武谷三男」

武谷三男氏
NHK Eテレにて放送(2014.7/5)。※いずれも放映画面よりキャプチャア

清瀬検定を実施し、清瀬マイスターを

きのうちょっと渋谷けいし議員に言われてしまったんですが、この清瀬学講座をやった暁には試験をして、清瀬検定をして、もうそれは受験して合格者には格好いい記章をあげるんですよ。こいつは清瀬の達人だという、こういうのをつけた人がもうスターバックスにいっぱいいるという。こうしたいなと思っているんですが、ぜひそれもご検討いただければと思います。

最後にごめんなさい、あと2分ですが、市長、さっきの第4次総合計画にこれを重点に置いていきたいとか、また、さまざま、今、きのうからきょうにかけてシティプロモーションについて話がありましたが、今後にかける意気込みを残り時間を使ってお願いいたします。

【答弁/渋谷金太郎市長】
まずは、安全・安心はこれはもう大前提ですので、それはしっかり確保していくと。これはもう基本中の基本には変わりはありません。

それから、それはどこのまちでも同じですね。清瀬市については、清瀬学に象徴されるように、自己肯定感を強めるということが、これが物事をつくり出すんです。創造的なエネルギーというのは、自己肯定感のことですから、ポジティブ思考のことですから、あるいはポジティブな感情のことですから、それをしっかりとつくり上げていく、いけるまちがおのずと発展していく原動力になっていくわけで、そうしたことにおいて、まず全編にその種のものがあふれているというような計画にしていきたいと。人づくり、人が育つということがまちが育つということですから、教育長も言っていましたが、そういう……次回また。



Posted by takosuzuki │ ■議会報告/City Concil Report