2014年04月28日

■「マンホールトイレ視察」の記事が公明新聞に掲載されました。

マンホールトイレ視察

去る4/27(日)付けの公明新聞に、3/28に行った清瀬市内の3つの小中学校へのマンホールトイレ視察の様子が掲載されました。
マンホールトイレを整備
清瀬市の小・中3校
清瀬市ではこのほど、小・中学校3校に「災害時マンホール式トイレ」が整備され、市議会公明党(西上忠幹事長)は整備状況を視察し、市の担当者と意見交換した。
 同トイレは、下水道管に直結したマンホールの上に、便座と簡易テントを設置したもので、断水時も利用できる。
 整備されたのは、避難所などに指定されている清明小学校、清瀬第八小学校、清瀬第三中学校で。下水道管プールの水を流せるように工夫されている。
 公明党は西畑春政議員が、2011年12月の定例会で学校施設の防災機能強化について質問し、マンホールトイレの設置を求めていた。西上幹事長は「災害に備え万全を期すために、今後も整備を進めていきたい」と語っていた。
【関連】
災害のマンホールトイレ視察しました。  
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2014年04月24日

■(続)昭和病院、視察しました。

昭和病院視察

去る4月21日月曜日に近隣の8市で組織する公立昭和病院の視察に伺いました。

これは、昭和病院の地域中核病院としての役割や機能等について、組織主体である私たち8市の議員もしっかりと理解を深めていくために行なわれたものです。視察には我が清瀬市の議員の他、東久留米市、武蔵村山市、西東京市の議員代表が参加しました。

昭和病院視察

昭和病院視察

日頃よりよく利用させて頂いているわりには、知らないことばかりで、例えば設立は昭和4年であり、85年の歴史があることなど、初めて知りました。

「公立昭和病院をめぐる医療の現況と今後の課題」、また「周産期母子医療センターの当院の役割」として、パワーポイントによるレクチャーを受けたあと、病院内を見学させて頂きました。

昭和病院視察

昭和病院視察

私はその後、地元の円卓会議がありしたので、途中で中座をさせて頂きましたが、大変実りのある視察となりました。

※前回の昭和病院の視察
公立昭和病院・女性専用外来を視察しました。  
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2014年04月23日

■自治会長の任務、終了しました。

自治会総会

去る4/20(日)に行なわれた野塩団地自治会第51回定期大会をもって、2年連続通算3年間務めさせて頂いた自治会長の大任を終えました。

東京26市でもっとも高齢化率の高い清瀬市にあって、もっとも高齢化率の高いのが我が野塩団地でした。そんな都営住宅での自治会経験で様々なことを学ばせて頂きました。

地域コミュニティの大切さ(というより今後の行政運営の要といってもいいほどに重要であり)、にも関わらずその運営・維持の難しさ(これも難しいというより事実上存続の危機にあります)、こうしたことを端的に象徴する今回の大会でもありました。

自治会総会

ともあれ、大会も終了。会には渋谷市長も駆けつけてくださり、ザンビアの生地で作った法被(はっぴ)をご披露頂きながら、清瀬市の世界医療文化遺産への取り組みをご紹介くださいました。

自治会総会

また、いま水面下で私も協力させて頂いているとある映画の撮影について、その撮影に野塩団地も加えて頂くことから制作の中円尾さんに説明して頂きました。これもある時点で皆様にはご報告したいと思いますが、清瀬市にとって凄い映画になりそうです。  
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2014年04月21日

●学校の教室を防災備蓄庫に

学校の空き教室を防災備蓄庫に

災害時の避難所における備蓄は、現在まで大変に乏しい状況でした。それは、備蓄食料を保管する場所が狭小だったためです。避難所となる体育館のステージ脇や、音響室などのちょっとしたスペースしか場所がなかったためです。

そのことは、これまで何度か避難所や備蓄庫を視察する中で、指摘をしてきたことでしたが、スムースにいかない理由としては、学校は教育施設であり、教育環境として最優先に考慮されており、単純にここは空いていますからどうぞとはいかなかったためです。

小・中学校の大規模改修の促進について(平成24年12月議会)
防災備蓄庫として空き教室を利用しては(平成24年12月公共施設耐震化検討特別委員会)

また、学校を所管するのは文科省であり、その指導の下に校舎の利用は厳格なルールで行われています。しかし、備蓄庫は防災上のことですから総務省になるのでしょうか。いわゆる縦割り行政ということですね。その辺のところも、スムースにいかない理由だったでしょう。

それが今年度から、順次、備蓄庫として校舎の中にスペースを空けて頂き、備蓄庫として利用できるようになりました。

備蓄庫


備蓄庫

今回、清瀬四中の校舎内に設けられた備蓄庫用の教室を見せて頂きました。まだまだ数量としては足りないようですが、順次、増量されるようです。

今回、校舎内に備蓄庫が確保できた学校は以下の通りです。
【学校内の備蓄庫】
小学校:第7小学校、第10小学校、清明小学校  以上3校
中学校:第3中学校、第4中学校、第5中学校  以上3校
H26.4月現在

備蓄庫

【関連】
学校防災倉庫の点検視察を行いました。
防災計画の見直しを申し入れしました。
学童クラブの耐震化工事が始まります。   
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2014年04月18日

■労働安全衛生研究所を視察しました。

労働安全衛生研究所

4/16(水)、清瀬市梅園にある労働安全衛生研究所の一般公開に参加し、施設を視察しました。

清瀬市には、官民様々な研究機関があり、私もそれについて言及したことがありますが、かくいう私自身もそうした施設ひとつひとつよく知っている訳ではないことに忸怩(じくじ)たる思いを持っていましたので、今回、参加したわけです。

ここは竹丘団地から東京病院方面への道の突き当たりに位置していて、昔から何の施設だろうとは思っていたのですが、2013年の3月議会でインテリジェンスの高い街・清瀬をアピールするにあたり、初めて知ったのでした。

労働安全衛生研究所

受付の名簿を見るとあちこちから今日の見学会に、その筋の方々が大勢来られていました。ここの施設を要約して言えば、様々な仕事、特にデスクワークではない仕事上での、あらゆる危険を想定し、それによる事故を防ぐための研究と言ったらいいでしょうか。
【研究所の目的】
当研究所は、事業所における災害の予防ならびに労働者の健康の保持増進、職業性疾病の病因・診断・予防をその他の職業性疾病にかかる事項に関する総合的な調査および研究を行うことにより、職場における労働者の安全と健康の確保に資することを目的としています。

(※配られたパンフレットより)
ということですから、デスクワークも含まれるのでしょうね。厚生労働省を所管としていて、労働災害などの原因究明なども行われるとあります。私たちにとっての卑近な例は、清瀬けやきホールが改築される際のお二人が亡くなったエレベーター事故も、労働災害です。なぜああした事故が起こったのか、どうすれば防げるのか、等々を検証する施設でもある訳です。

施設内はいくつかの研究実験棟があり、「環境安全」「建設安全」「電気安全」「配管等僕初実験」「化学安全」「機械安全システム」「材料・新技術」などにカテゴライズされてそれぞれ実験研究をしています。

労働安全衛生研究所


労働安全衛生研究所

今回、そのいくつかのデモも見せて頂きました。写真は「高所からの墜落事故を減少させるための、屋根からの墜落防止設備の検討」という実験でした。屋根の上にマネキン人形がいて、墜落防止対策がされた上で、墜落させて見るというデモです。

労働安全衛生研究所

この写真は、「クレーン用のロープの劣化を検出する実験」で、ワイヤーロープを実際のような負荷をかけて稼動させていました。

このように、我が清瀬市は日本国民、いや世界中の人々の病を治すべく、研究施設をもっていますが、それだけではなく、全国の働く人々の安全を実現すべく研究もしているのです。

凄いでしょ。わが町・清瀬です。

労働安全衛生研究所

【参考】
「知性溢れる街・清瀬」としてシティセールスを  
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2014年04月17日

■野塩一丁目に遺跡が発掘されました。

西原遺跡

4/15付けの市報の市長コラムでも紹介されていましたので既にご存じのこととは思いますが、今回、初めて発掘されて訳ではなく、ここは以前より「野塩西原遺跡」として登録されている由緒ある遺跡なのです。野塩地域センターが建設される際の昭和51年に初めて発掘されたものということです。

今回、発掘調査が行われたのは、ついこの間までキッコーマスという醤油醸造会社のあったところで、相続からでしょうか、宅地造成されるにあたり行われたものです。野塩地域センターの北西側で所沢市との境になる部分です。

野塩新原遺跡

清瀬市のホームページによれば、「縄文時代から平安時代にかけての住居跡や土器が出土したことから、かつての居住地域であったことがうかがわれます」とのことで、柳瀬川の水を利用して野塩団地付近には田んぼがあり、その南上には住居があったのでしょうね。

現在、野塩地域センター内にこの「野塩西原遺跡」を紹介する案内看板が立てられています。それによれば、かつてこの地域は当時の医療・福祉施設「悲田処(ひでんしょ)」があったそうです。奈良・平安の昔から清瀬は医療の街だった訳です。
清瀬市では、この地に建設されることになった野塩地域市民センターの工事に先がけて、昭和五十一年七月から九月にかけて埋蔵文化財の発掘調査を実施しました。
(中略)
「続日本後紀」の天長十年(八三三)五月の記事に、多摩・入間郡の境に旅人や飢人・病人の苦難を救うために「悲田処(ひでんじょ)」設置を請願した記事がみられます。柳瀬川は多摩郡と入間郡の境を流れているので、従来より悲田処の場所が多摩湖町・野口・久米川・所沢・秋津などにあったとする説が出されていますが、もし秋津説をとれば、この地に悲田処のあった可能性が強くなってきます。
かねて渋谷市長の言われている、太古の昔より医療地域としての役割を担ってきた我が清瀬市を、「世界医療文化遺産」にとの主張も現実味を帯びてきました。どうぞ皆様、お楽しみに!!  
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2014年04月16日

■朝日新聞に「結核研究所視察」の模様が掲載されました。

朝日新聞記事

4/15(火)の朝日新聞朝刊に、先日行われた結核研究所視察の模様が掲載されました。当日は、朝日新聞の女性記者の方が取材に見えていて、熱心にそれぞれの説明を聞くとともに、渋谷市長に聞き取り取材をされていました。
「Kiyose」を世界遺産にー。
市が登録めざす


過去に「不治の病」として恐れられ、今も三大感染症の一つである結核。清瀬市はかつて15もの結核療養所が集中していた。病との闘いの歴史的意義を後世に伝えようと、市は、ユネスコの「世界文化遺産」登録を目指す活動を始めた。

「結核の主戦場は清瀬の地だった。(結核治療に向けた)人類の愛と志がここで芽生えたと言ってもいい」。3日、国内唯一の結核専門研究機関・結核研究所(清瀬市松山)で、渋谷金太郎市長は力を込めてあいさつした。この日、初めて市議やメディア向けに「結核ゆかりの地ツアー」があり、約60人が参加、同研究所などが特別に公開された。

1931(昭和6)年、当時の清瀬村に東京府立清瀬病院(現国立病院機構東京病院)が開設されたのを皮切りに次々と結核療養所が開設された。最も多い時で15施設、約5千人の患者が入院。昭和を代表する俳人石田波郷(はきょう)や、作家の吉行淳之介も清瀬で闘病していた。

日本では1940年代まで多くの若者が結核で亡くなった。その後、予防法の成立や抗生物質の開発、生活水準の向上などで患者数は激減。清瀬は結核根絶に向けた研究と治療の中心だった。

渋谷市長は結核対策に取り組んできた市の歴史を広く知ってもらおうと、昨年ごろから、結核関連の施設をユネスコの世界文化遺産に登録することを発案。その一歩として今年2月、東京病院内にある「外気舎」(結核患者が退院前に最後に過ごした小屋)を市の有形文化財に指定した。

市長は、結核研究所を含む一帯を文化遺産に含められないか、検討している。研究所はこれまでに国内から約4万人、世界97カ国から2200人の研修生を受け入れ、最先端の結核対策を世界に普及する役割を果たしている。結核に苦しむ発展途上国の医療関係者の間で「RIT Kiyose」の英語略称で知られるという。200個近い病理標本を所蔵し、戦前からの結核予防のポスターなど資料や図書約3万8千点を保管する図書館もある。

否定的にとらえられがちだった結核との闘いの歴史を、尊いことと気付いてほしい――。渋谷市長はそう考える。「登録には時間がかかるかもしれない。でも清瀬での取り組みが世界中の多くの命を救っている事実を広く知ってもらう、よい機会になる」。

文化庁の世界文化遺産室によると、世界文化遺産登録には、有形の不動産が「国内だけでなく世界の人にも顕著な普遍的価値があると認められることが必要」だという。担当者は「(登録を果たした)海外の類似資産との比較研究が登録に向けた参考になるのではないか」と話している。(高橋友佳理)

【参考】
東京MXテレビの「MXニュース」で結研視察の様子が報道されました。
結核研究所、視察しました。  
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2014年04月15日

■東京MXテレビの「MXニュース」で結研視察の様子が報道されました。

東京MXTV

4/4(金)18時の東京MXテレビで、その前日に行われた「ストップ結核パートナーシップ」主催の結核研究所の視察の様子が報道されました。

東京MXTV

清瀬市が昔から結核治療の先進地であることや、結核研究所の由来など含め、5分少々でせはありましたが、じっくりと紹介されました。

東京MXTV

これは結核菌に侵された肺の標本のひとつひとつの説明を受けているところです。我が公明党市議団4人全員が映っています。

東京MXTV

これはやはり結核菌に侵された肺のレントゲン写真の説明を受けている、市史編纂チームの課長と職員の方です。

東京MXTV

自民クラブの友野議員、斉藤正彦議員、渋谷のぶゆき議員も映っていますね。渋谷市長も結研の視察は初めてではありませんが、熱心に聞き入っておられました。

この日の視察は、また朝日新聞にも紹介されたそうです。記事を入手次第、またアップします。

【参考】
結核研究所、視察しました。  
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2014年04月14日

●“市役所受付にコンシェルジュ設置を”実現しました。

フロアマネージャーの設置

平成26年度より、市役所一階の市民課での各種書類申請手続きなどを分かりやすくするため、フロアマネージャーを置くことになりました。

市役所受付にコンシェルジュ設置を(平成23年12月議会)

戸籍謄本をとりたいとかの場合、どの書類に書けばいいのか、書き方でわからないところがあるなど、傍(そば)で教えてくれるのです。

私は、市民課だけでなく、市役所すべてのことについてカバーできる人というイメージでしたが、実際は市民課だけしか教えないということではないでしょうから、まずは良しとしましょう。

フロアマネージャー

こんな感じで、すぐに近づいてきて、“お困りですか?”と声をかけてくれます。

フロアマネージャー

この腕章が目印です。とても優しそうな女性がご案内してくださいます。お気軽にお尋ねください。  
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2014年04月11日

■地域を守る!! 自治会長としての仕事 Final?

14号棟ボヤ

またしても!! ここ野塩団地は、放火騒ぎがある一定期間をおいて起こります。

4/11(金)に日付が変わって間もない深夜、けたたましいサイレン音が聞こえてきたと思うと、たちまち何台もの消防車で我が団地が埋め尽くされました。団地での火災一報があった場合、高層階での火災を念頭に大げさすぎるほどの消防車が懸けつけます。

14号棟ボヤ

前回、ボヤ騒ぎがあったのは昨年10月()。半年を経て、今回は前回の棟のすぐ隣の棟。私も夜半ではありましたが、すぐに駆けつけました。

消防の方に、自治会長ですと申し上げると、詳しい状況報告をして頂きました。火災それ自体は大したことはないこと。また、火災は空き家となっている家の玄関ドア前に置かれた葭簀(よしず)に放火されたらしいこと、等々をお聞きし、何より火災が大きくならなくてよかったと思いました。また、こうした場合、消火活動による放水で下階の家が水浸しになってしまうことがあります。そうなると、しばらくそこで生活はできないため、何かしら対策を自治会として講じなくてはなりません。夜中のことでもあり、それも心配でした。しかし、今回、現場の家の下はすべて空き家でしたので、その心配がなくなり、ホッとしました。

14号棟ボヤ

翌朝、消防とJKK(団地を管理する住宅供給公社)による現場検証に立ち会い、何しろ共有スペースに物を置かない、特に空き家スペースは注意することを確認。JKKには大家さんとして、入居者に対して厳しくルールの徹底を求めました。

私は、この20日に行われる自治会の定期大会を最後に、3年務めた自治会長を交代します。もう、後何日も自治会長としての日にちはありませんが、今後も皆様に頼りにされる“市議会議員”として、地域を守ってまいります。今後とも、よろしくお願い致します。  
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2014年04月10日

■結核研究所、視察しました。

結核研究所

清瀬市にある結核研究所は、世界の結核治療の中心拠点です。その歴史は古く、昭和6年に東京府立清瀬病院として結核の専門病院が開設されて以降、昭和18年に結核研究所もこの地に開設されました。

“となりのトトロ”などのジブリ作品を観るまでもなく、戦前戦後において“結核”は不治の病として恐れられていました。その後、治療薬の開発により亡くなる病ではなくなりましたが、それでも世界で1/3の人が感染し、そのうち10%の人が発症します。このことから、未だに驚くほど多くの人が結核に感染していることが分かります。医療の整備されていない発展途上国は、現在でも恐るべき病である事実は変わりません。

渋谷金太郎市長は、世界の三大感染病(エイズ・結核・マラリア)のひとつである結核治療の中心拠点が100年以上前から清瀬にあることに着目し、「清瀬の結核研究所を世界医療文化遺産に」と呼びかけています。

市長のそうした訴えを我々議員もしっかりと共有しようと、今回、4/3(金)に行われた「ストップ結核パートナーシップ」主催によるツアーに参加しました。メインは都内の官僚や研究者の方々でしたが、地元議員、そして市職員も入れてもらったのです。

結核研究所

私も複十字病院はかかりつけ病院として何度も来院していますが、「結核研究所」に入ったのは初めてです。複十字病院の建物の右奥(西側)にあります。研究施設らしく、結核菌におかされた標本の数々も展示されており、それらやレントゲン写真などひとつひとつ丁寧にご解説して頂きました。また研究所の施設内をご案内頂きました。施設内には宿泊施設もあり、ここに海外から毎年何十人(何百人?)もの研究者の方々が長期間滞在し、結核治療について技術研修されて帰国されるそうです。その方々にとっては、清瀬=結核であり、結核治療の技術や知識や「キヨセ・ナレッヂ」と呼んでいるそうです。

日本BCG研究所

その後、隣接する敷地にある「BCG研究所」の外観を見学。ここでは、結核菌を予報するためのBCGワクチンを作っています。ここから、日本全国、世界各国にBCGワクチンが輸出されています。

外気舎

そのまま、東京病院の奥、療護園の裏手にある「外気舎」を見学しました。「外気舎」とは、結核治療のため長期入院されていた患者さんのうち、回復し社会に復帰の見込みが出てきた患者さんが作業や歩行リハビリなどしながら生活する施設、というにはあまりに粗末で小屋といった感じです。

IMG_6365

竹丘の喜望園から梅園方面に来るとき、右側の雑木林地帯(上宮保育園の向かい側)はなんだろうと、かねて不思議でしたが、まさにこの「外気舎」があるのはこの一帯です。当時のリハビリ用の散歩コースなども荒れた状態でそのまま残っていました。

まさに昭和の世界が手つかずで残っていましたが、特に保存用に何もしている様子がないので、このままでは朽ち果ててしまうでしょう。何らかの手をかけていく必要を感じました。

結核研究所
  
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2014年04月09日

★市制施行50周年―。2020年をオリンピック同様に盛り上げよう!!

市政50周年

まずは、市制施行50周年へ向けてその年をどう慶祝し、またシティセールスへ、そして住んでよかったと誇りの持てる我がまちへどうつくり上げていけるかについてプレゼンテーションをさせていただきます。

東京オリンピックの開催される2020年は、清瀬市にとっては市政施行50周年の年―。

市制施行50周年は、西暦2020年、言うまでもなく東京オリンピックの開催される年であります。

思えば、戦後我が国は昭和39年の東京オリンピックを目標に高度成長を遂げました。その後、1990年代のバブルの崩壊から今日まで、失われた20年と言われる出口の見えない長引く不況に苦しめられてきたことはご承知のとおりであります。

このことは、単に経済だけの話ではなく、我が国を覆う暗く重い暗雲は、私たち国民にも何をやってもうまくいかないという自信の喪失、そして日本人としての誇りの喪失、国に対する畏敬の喪失へとつながっている感じがします。

しかし、ここ近年ようやく我が祖国日本にも好転の兆しが見えてきました。

それは、例えばスポーツの世界で顕著です。大リーグで前人未到の活躍をするイチロー選手やダルビッシュ投手、岩隈投手、上原投手、WBCでの連覇、そして2011年の女子サッカー、なでしこジャパンの優勝は日本中を沸き立てました。

そうした変遷を経ての本年、2020東京オリンピック招致の決定であります。いやが応にも私たちは2020年へ向け、国を挙げて盛り上がっていくことは必定であります。

さて、こうしたプロジェクトが、国政または市制運営にとって少なからず好材料となることは論をまちません。本年のスポーツ祭東京2013も、都のプロジェクトながら、本市においても職員の皆さんのご努力により、市民感情を明るくさせ、大成功をおさめることができました。

市制50周年の2020年、私たちはどう迎えるべきか??

それでは、市制50周年の2020年、私たちはどう迎えるべきでしょうか。

50周年プロジェクトとして、区切りのいい年、例えば5年前となる2015年あたりからスタートします。まずは、2020年が市制50周年であることを市民の皆様に知っていただくキャンペーンから始めましょう。そうなのか、東京オリンピックのある2020年は市制50周年なのか、そしてまた庁舎も新しくなるのかということを知ってもらい、期待感を高めていくのです。その上で、どんなことをやるのか、全庁を挙げて横断的なプロジェクトを組んでください。

行政で行う事業、例えばメイン行事となる記念式典です。これはもちろん、東京オリンピックの終わった夏以降となることでしょう。東京オリンピックが終わり、祭りの後の喪失感を味わわせない、そしてまた、もっと盛り上がりたいという感情にうまく乗っていくことが大事です。

今の予定では、東京オリンピックは8月9日で終わります。その後、その余韻のさめぬ中をパラリンピックが始まり、清瀬市ではひまわりフェスティバルが始まります。そして、10月の市民まつりを中心に、庁舎の完成式典など一連の行事の中で、50周年記念式典ももしかしたらその新しい庁舎で行われるのかもしれません。また、本市が毎年行っているこうしたイベントは、50周年記念の冠事業として付加価値をつけていくことも大事です。

このように、イベントは時期を考えながら断続的に計画をしていただきたいと思います。

また、市民を巻き込んで行う事業、例えばその年へ向けたプレイベントの中で、キャッチコピーの公募や50周年ロゴマークの公募、こうした公募には選考委員として市民のほか、澄川先生など市内在住の著名な方々にもお願いをしたらいいと思います。また、市の歌をつくるなどもいいのではないでしょうか。歌詞を市民公募し、曲はプロのミュージシャンにお願いするのです。

50周年のその年をどう盛り上げるかは最も大事なことですが、それはまだまだ時間がありますので、庁内の若い職員の方々の声や市民の皆様の声をしっかりお聞きしながら立案していただきたいと思います。

50周年までのキャンペーン期間がもっとも大事

それよりも50周年までのキャンペーン期間はもっと大事です。

国は東京オリンピック一色です。その中で、清瀬市も50周年であることをかき消されないよう、また相乗効果を上げていけるキャンペーンをしていただきたい。

そのためには、やはり一にも二にも、どうメディアを使えるかです。中でもインターネットを使ったキャンペーンは、ぜひこれまで清瀬市の既存の手法、概念を捨て去った全く新たな考え方や手法でお願いをしたい。

具体的には、清瀬市50周年プロジェクトサイトを立ち上げる。そこはフェイスブックのような双方向性で匿名性ではないSNSのようなものがいいのではないでしょうか。そこで多くの市民の皆様の声を吸い上げていただきたいと思います。

あわせて、そうしたプロジェクトの中で、清瀬市のさまざまな特徴、例えば病院のまちであるとか、農のまち、緑のまち、せせらぎのまち、学生のまち等々、それらをプラスイメージ、清瀬市の持つポテンシャルとしてご紹介いただく算段をぜひお願いをいたします。

いずれにしても、東京オリンピック開催と時を同じくする市制50周年、そして庁舎完成は、清瀬市にとって、運命の女神がもたらしてくれた最大のチャンスであると思います。ぜひこの好機を逃すことなく、最大限のシティセールスに生かしていただきたいと思います。
【今村企画部長】
市制施行50周年をどう迎えるかということにつきましてお答えいたします。

2020年に東京オリンピックの開催が決まり、今後オリンピックの開催に向け、日本中が盛り上がっていくと思います。そして、2020年は清瀬市にとっても、市制施行50周年を迎えることになります。半世紀という大きな節目を迎えますので、これまでの周年事業以上に、意義深い事業を展開していく必要があるのだろうと思っております。

そのためには、形式的な行事というものではなく、50周年に向けた盛り上がりを創出する中で、市民の皆さんとともにつくり上げていくもの、市制の歴史と歩みを振り返り、祝う趣旨だけでなく、市民や企業などと行政が一体となり、新たな清瀬市の歩みの起点となるような事業展開が望まれるのではないかと考えております。

2020年は、清瀬市では市役所新庁舎の完成が計画されておりますし、国内では東京オリンピックの開催など多くのイベントが開催されるだろうと思いますので、これらを好機として捉え、事業を進めていければよいのではないかと思っております。

鈴木議員からもそうしたお考えのもと、プロジェクトの進め方、イベントの開催時期など事業全体の進め方、キャンペーンの周知の手法、シティセールスの好機として生かしていくことなど、さまざまな視点から具体的にご意見をいただきました。今後の展開を考えていく上で、とても参考になるご意見をいただいたと思っております。

東京オリンピックの年は、市制50周年の年というのではなく、市制50周年の年に東京オリンピックも開催されたと、多くの市民の皆さんの記憶に残るような意義深い周年事業を展開できればと考えております。
なるほど、いいことをおっしゃいますね、部長。市制50周年というのは、もう最初から決まっており、逆に東京オリンピックの方が後から決まった。だから、市制50周年の年に東京オリンピックが決まったと。これなんかは今からも使えそうですね、市制50周年の慶祝をまさに国が挙げてやってくれるというような。

バッジつくりませんか。せっかく東京オリンピック立候補都市のバッジが、今つけられなくなってしまったので、東京オリンピックは清瀬の年というバッジをぜひつくっていただけたらと思います。

メディアの使い方が重要

さっき申し上げましたけれども、何といったって、大事なのはメディアですよね。今回のスポーツ祭東京もそうですが、つまり十分に告知できない以上は知らないも同じことです。

何度も申し上げていますように私の住む野塩団地は今年建設50周年でして、自治会はもう何しろ盛り上げようと一生懸命なんですが、何しろ自治会というのはメディアがありません。あるのは広報誌だけです。幾ら50周年だ、50周年だと言っていても、知らない人は全然知らないという状況になっているんですね。市制50周年ともなると、やはりこれは大きな一つの盛り上げのきっかけにしていかなければいけませんし、その意味ではメディアです。

本当は、以前にも提案しましたが、FM西東京を清瀬市で買い取ってという案とか、またはジェイコムの1番組を清瀬市で買い取ってとかいうのがありますが、現実的には、やはりどうインターネットを使っていくかだと思います。

フェイスブックなど、ネットの有効活用を

さっきも言いました。SNS、フェイスブックを使ったものはいいと思います。フェイスブックそのものというのは、お金かからないで使えますし、何よりいいのは匿名性ではないことですね。基本的には実名性というか、きちんと自分の名前なり顔なりが残った人同士が発信していくというところがフェイスブックのいいところでありまして、いわゆる無責任な発言というのがなくなるんです。匿名だと、何でも好きなことが言えるという利点もあるんですが、実名だとなかなか責任持ったことしかもちろん言えませんから。そういう中で、例えばまだ早いかもしれませんが、5年前ぐらいから立ち上げて市制50周年に向けてどんなことを考えますかとか、そうした市民の声を聴くためのツールとしてはフェイスブックは大変に有効なツールです。

何より市の持っているインターネットメディアというものが、多くの市民の皆さんに閲覧して頂けるようになると、これはテレビの1番組を持ったと同じことになりますから、やはりインターネットをしっかり使っていただくことが大事だなと思います。


シティセールスの一環として“恋するフォーチュンクッキー”のような企画をしては

本当は、私はこっちの席で言うためにこっちに書いておいたんですが、神奈川県で、AKBの恋するフォーチュンクッキーという歌をシティセールスとしてカバーしています。今、これが全国的に流行っていて、日本全国の割といろいろな、最初は学生たちがそのAKBと同じような振りつけで踊るんですよ。1コマ、1コマをいろいろな人たちが構成して一曲になって、一曲が恐らく4分半ぐらいあるんでしょうね。それを1パーツ、例えば3秒とか5秒ぐらいずつで編集していく。つながって一つの作品になったときには、もう何十人もの人が一曲の中で踊りを踊っているんです。それが大学のあるサークルから始まったんでしょうけれども、今、割と会社とか、ちゃんとれっきとした会社とか、それから自治体もそれをやるようになった。

今回、非常に話題になったのは、神奈川県が黒岩知事を筆頭に踊っているんですよ、それがやはり市民受けをしまして、ユーチューブにアップしたらものすごいダウンロード数になっているということが話題になったわけです。



それをやったからどうだということはないんですが、ただ、一つの県のPR、シティセールスに大きく、何十万だったか、物すごい数のダウンロードをされているということで一つのシティセールスになっているということなんです。

そういうようなことを、もちろん市長以下皆さんでそれを踊ったら、それはそれでまた大変なことなんですが、副市長や教育長も踊られたら、すごく話題性にはもちろんなるんですが、そうではなくて、市民の皆さんを巻き込んだそういったことをやったりとか、恐らく2020年のころにはこういったネタはもちろん古いので、また違った一つのアピールの仕方というのはあるんだと思うんですが、私ここで大事だなと思うのはいろいろな人が関わっているというところなんです。

一人でも多くの市民に参画してもらうことを念頭に

アド街ック天国というテレビがありまして、そこでガールズコレクションという、1コマ、1秒間は30コマなんですけれども、恐らく5コマずつぐらいで切りかわってしまう、ほんの一瞬でかわってしまうんですが、だけれどもそれは、その紹介している地域のコミュニティの一つの市民の顔を全国放送で流すということで、一つの大きな話題性があるコーナーで、非常に息の長い番組になっているのは、やはりそれは地域性ということもあるし、市民の方をテレビに載せるということも大きな原因だろうと思うんです。



もし、本市でそういったインターネットメディアを持ったときに、こういうような多くの市民が登場できるようなものがあると、やはり市独自で盛り上げる一つの大きなきっかけになってくるでしょうし、またはもしこういう50周年プロジェクトが立ち上がって、一つのキャンペーンとして、例えば5年前、3年前に動き出したときに、実行委員の方々がマイクを持って街角に入っていって、市制50周年に向けてお祝いの一言をどうぞとか、または市に望むことは何かありますかとかというようなことを拾っていったものを、1人5秒ずつ、10秒ずつぐらいにそういうメディアに載せていくというのも、多くの市民にとっては一つの大きな楽しみになっていくのではないかなと思います。

いずれにしても、余り具体的にこういうことも考えられる、ああいうことも考えられると言ってしまうと、こういう企画は市民発ということが大事なので、私が余りこうこうと例示してしまうのもどうかと思うんですが。

市を舞台にしたアニメ映画を作っては

さっきのアニメの話と重なってしまいますが、市制50周年を記念したアニメ映画制作を、誘致という言葉が適当かどうかわかりませんが、渋谷のぶゆき議員も前に言われたことがたしかあったと思うんですが、そういうアニメ映画を素材として清瀬市の土地を紹介するようなことで、秩父でしたか、どこかやはり何とかというアニメ映画が舞台になって、聖地に今なっているんですよね、教育長のおうちのほうではなかったでしたか。ああいうようなことも、ぜひ企画としてあったらいいと思います。

いずれにしても、まだまだ先の話ですし、ぜひ盛り上げていただけるような企画をお願いしたいと思います。  
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★都立清瀬小児病院跡地に「多摩六都アニメ館」の設立を

多摩六都アニメ館

前回は、都立清瀬小児病院跡地は都有地であり本市独自では整備できないという前提で、移転してくるであろう浄水場も生かした児童公園をご提案申し上げました。

今回は、より一歩踏み込んだご提案です。それは、多摩六都広域行政圏でつくる仮称多摩六都アニメ博物館です。

小児病院跡地は慰霊の意味でも子どものための施設を

前回の提案の趣旨の一つ、都立清瀬小児病院で亡くなった子どもたちを追悼するということでは今回もやはり同じで、子どもたちに喜んでもらえるような企画となっています。今回の提案の事業主体となる清瀬市を含む5市は、何と奇遇なことにアニメと大変にゆかりがあるという共通点があります。

この5市は何ともアニメに縁が多い

例えば、東村山市は宮崎駿監督の「となりのトトロ」の舞台となった八国山や隣接する保生園、現新山手病院があり、秋津の淵の森公園をつくる際には、宮崎駿監督もその土地購入に大変なご尽力をされたと伺っています。東久留米市はご存じ、手塚治虫さんのご自宅があり、虫プロはお隣の新座市にあります。また、アニメ映画「河童のクゥ」は舞台が東久留米市であり、最後のほうで清瀬市も登場します。西東京市は、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」をつくっている日本を代表するアニメ制作会社シンエイ動画があります。アニメ映画「クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ 3分ポッキリ大進撃」では、西東京市全域がその舞台となりました。小平市では、ピーエーワークスというアニメ制作会社の演出スタジオがあり、数々のアニメ作品をつくっています。

アニメ作品
これらの作品の作者はみんな五市に縁する方々

そしていよいよ我が清瀬市です。先日、企画課の若手職員によりますブログきよせ日記にも取り上げられていましたし、渋谷のぶゆき議員もたびたびご紹介いただいております、TYOアニメーションズというアニメ制作会社があり、やはり数々のすばらしい作品を手がけておられます。また何といっても、巨匠・宮崎駿監督がたびたび我が柳瀬川回廊を散策されながら、作品の構想を練っておられることは何度も申し上げてきました。そしてまた、結核という病は「となりのトトロ」でも描かれており、まして結核と闘い亡くなっていった子どもの追悼という意義にはご賛同いただけるやもしれません。

今やアニメは日本を代表する文化として、世界的に熱烈なファンをつくり出しています。今年のひまわりフェスティバルで話題となったコスプレも、もとはアニメの主人公を崇拝しての表現形態でありました。

こうしたアニメの殿堂を清瀬市の地につくることは、もちろん地域の活性化にもつながりますし、市長のお話にある隣接する結核研究所への結核研修に、世界から3か月もの研修に来られる方々にとっても、お土産話として訪問してもらうことで世界的な発信にもなっていきます。

市単独では無理、ならば五市と都で設立を

何しろ都立清瀬小児病院跡地の再開発は、清瀬市単独ではどうなるものでもありません。しかし、5市でなら何とかなるのかもしれないのではないか。また、こうした事業なら都にも予算的にご協力いただくことも可能かもしれません。また、博物館であれば博物館法に係る国の補助を利用できるやもしれません。

いずれにしろ、ここは清瀬市内にある土地です。アカマツ林の存続のみを訴え、あとはただ都の考え、都の意向を見守っているだけでは、満足のいく結果にはなりにくい。やはりここは、主体的にこうしたものをつくりたいと強く都に働きかけ、清瀬市にとってよりよい再整備をかち取っていただきたいと思います。
【今村企画部長】
都立清瀬小児病院跡地の再整備問題についてお答えいたします。

今回、都立清瀬小児病院跡地に多摩六都広域行政圏で、多摩六都アニメ博物館を整備してはどうかとのご提案をいただきました。

現在、多摩北部都市広域行政圏協議会で、この都立清瀬小児病院跡地に関して何か議論がなされているということはありませんが、第二次多摩六都緑化計画の中で、大規模施設の緑の保全、活用として、所有者の理解のもとに公開や保全、活用の協力を求めていくとしており、その中に都立清瀬小児病院の緑も例示しております。

ただ、今回のような施設の整備ということになりますと、多摩六都には既に多摩六都科学館があること、また、各市新たな公共施設の整備については、これからの人口減少社会を見据えた中で、公共施設のあり方の検討が大きな行政課題となっている状況であることなどを考えますと、各市の共通理解を得ることは非常に難しいのではないかと思っております。

都立清瀬小児病院跡地につきましては、これまでの繰り返しとなりますが、現在、都の病院経営本部が所有しており、市民の皆さんから提出された請願を初め、清瀬市の意向を十分理解していただく中で、都庁内でその活用について検討している段階でございますので、引き続き東京都との連絡調整を密にしながら状況把握に努めたいと考えております。

なお、今月下旬に、東京都病院経営本部の方とお会いする機会が予定されておりますので、何か状況に変化があるようでしたらご報告させていただきたいと思います。
せっかくのアニメ関連地域、活用できないか

何しろお金がかかることなので、それいい案ですねとの答弁はなかなかいただけないんですが、これだけアニメ素材が集まっている土地というのは珍しいです。しかも、亡くなられた方が多い。要するに現在活躍している漫画家の方だと、いろいろ面倒なことが多いそうです。賛同してくれたり、くれなかったり、その方々のご意向や著作権の問題もあります。でも手塚治虫さんにしても、「クレヨンしんちゃん」の作者も亡くなられてしまいしまた。「ドラえもん」の藤子不二雄さんも亡くなられています。そういった意味では、ある種どこかの部分で交渉することはできるのではないでしょうか。

何度も何度もこういうところでネタにして申しわけないんですが、宮崎駿監督は引退され、今後の生き方としては、博物館事業に残りの人生をささげたいとおっしゃっておられます。三鷹のジブリの森美術館に専念したいという一つの希望を持っていらっしゃるんです。

我々議員もそうだと思うんですが、3カ月に一度来る議会での質問を考えることは、非常に大変です。私なんか、もう夜も寝られない、今度何をネタにしようかなと思っているので。やはり監督もそうなんですよ。次回作をどういう内容にしようか、今度どういうふうにしたらと、本当に大変だと思いますよ。

そういった意味では、新たに発表しなくてもいいという解き放たれた瞬間に、やはり彼の人生というのは、残りの人生は今後の子どもたちのために、後に何を残していくか、自分の作品が後世にどういうふうによい影響を与えていけるのかというところに主眼が置かれることなんだろうと思うんです。

そういった意味では、こうした施設が宮崎監督のお住まいの近くでもあり、またこういういろいろなネタが集まっているこの地域であるということは、非常にやはり地の利といいますか、あるし、そしてまた必然性、なるほど、清瀬市でそういうことを5市でやってもいいなということにもなり得るんだと思うんです。

実際問題、アニメ博物館といっていますが、そういうものを仮にどういうイメージでできるのかというのも、私もぴんときませんけれども、それこそスタジオジブリの監修をいただいたりしたらいいと思います。

小児病院跡地は浄水場にしたほうが良い

関連しまして、私はいろいろ取材していく中で、水道局にはぜひ来ていただいたほうがいいのではないかなと実は思っています。水道局は浄水場を作るにあたりいろいろな事例があるそうです。例えば、浄水場は地下に作り、地上はほかの用途、例えば公園にするとかということは間々あるそうです。それはもちろん、清瀬市が整備できるなら市立公園ということになるのでしょうけれども。ほかに家が建ったりしないようなことをしていくためには、しっかり水道局で買っていただいて、複合施設という方向で誘致していただいたほうがいいのかもしれません。

噴水のある公園を

余談ですが、中央公園とか都立清瀬小児病院跡地を見ていて、公園そのもの、中央公園もちょっとしょぼくなってしまいましたね。やはり何が足りないのかというと噴水ではないですか。水は人を癒やします。公園にはやはり噴水があったら良い。

だから、水道局が来てくれたら、噴水ができるのではないかなと。水道局の方に伺ったら、浄水場が来たら、もちろんきれいに浄化した水を噴水に使うことはできませんとおっしゃっていました。当たり前ですよね。せっかくきれいにして、これを飲んでもらおうとしているのに、噴水にはもちろんできないわけで。

だけれども、給水場とかまたは何らかの水を取り扱う限りにおいては、噴水ということもある種可能なのではないかと思います。

【関連】
清瀬小児病院跡地について(平成25年9月議会)  
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★野塩団地南側を湧水公園に

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都営清瀬野塩団地は、今年築50年を迎えるに当たり、去る4月の自治会定期総会において、東京都都市整備局計画担当課の恵美奈課長をお迎えし、都に対し早期の建て替えを求めることで、満場一致にて決議をいたしました。そして、東京都の今年度予算にて基本設計の予算が盛り込まれ、大まかな野塩団地の将来図も見えてきたところであります。

それによりますと、現在団地中央にある通称タコ公園は取り潰されて、団地南側にある一号棟と駐車場を代替地として、そこに公園を建設する案が浮上しています。

団地の南側にはかつて湧き水の小川があった

ここは、その南側がいわゆるのり面、崖線部分に接する場所で、その崖線も雑木林となっている非常に緑豊かなところです。崖線と団地の境界は、現在は塀で仕切られていますが、団地ができたばかりの昭和40年代前半ごろは、崖線下から湧き水がこんこんとあふれ、その境界に沿って小さな小川をつくっていました。今回、公園として計画されているのはまさにその場所です。この計画を伺ったとき、私は真っ先に幼少のころ遊んだ、そのきれいな小川や細かい砂利を舞い上げて噴き出る澄んだ水を思い出しました。

野塩団地南側
野塩団地南側にある公園建設予定地

清らかなせせらぎの市である清瀬市ですが、残念なことに湧水の話はほとんど聞きません。お隣、東久留米市の落合川と南沢湧水群は、環境省が選定した平成の名水百選として東京で唯一入っており、それはそれは見事なところです。また、東京都でも平成22年5月に区市町村とともに策定した緑確保の総合的な方針の中で、都内には大小約40か所、総延長230キロメートルもの崖線があり、その40%が緑に覆われていると指摘しています。それを受け、東京都市整備局では崖線の緑の保全を重要事項として掲げています。

湧き水を活かした湧水自然公園として整備を

そこで、この野塩団地の建て替えに伴う公園整備について、野塩団地南側崖線の緑地ならびにその湧水を生かした湧水自然公園として整備いただくようにご提案申し上げます。

言うまでもなく、整備そのものは東京都の事業でありますので、都に対しご提案いただきたいと思いますが、この崖線緑地は、駐車場と接する部分については清瀬市の市有地でもあります。一部都有地や民地も混在していますが、こうした崖線緑地、ひいては湧水を含む自然環境保全へ向け、東京都と手を携え清瀬市も力を尽くしていただきたいと思うものです。
【黒田都市整備部長】
清瀬野塩二丁目団地の公園についてご答弁申し上げます。

初めに、清瀬野塩二丁目団地の建て替えの状況につきましてご説明させていただきます。この清瀬野塩二丁目団地の建て替えは、平成11年度より東側の第一期建て替え工事を実施し、4棟を整備しました。さらに、平成13年度より西側の第二期建て替え工事を初め、2棟の整備を行い、続いて平成17年度には1棟の整備を終え、今年度残る中央部分の後期建て替え計画の基本設計を発注しているところであると聞いております。

また、当該区域は建設当初、都市計画法上の一団地の住宅施設として都市計画決定されておりますが、国土交通省の都市計画運用指針により、建築物の老朽化等による建て替えの必要が生じている等の場合には、一団地の住宅を廃止して、地区計画へ移行することが望ましいとされていることから、今後東京都と地区計画を策定し、建て替え計画を進めていく予定になっております。この地区計画の中で、街区道路や公園など地区施設の規模や配置、建築物等の用途制限など、建築物等に関する事項を定めていく予定でございます。

ご指摘の公園につきましては、現在都営住宅の敷地の南側、野塩崖線沿いにある程度の面積を確保し整備することを検討していると聞いております。

この公園を湧水公園にとのご提案でございますが、この公園につきましては整備後には本市が管理していく予定でありますが、公園の設計時期につきましては今のところ未定とのことでございます。しかし、設計の内容等につきましては、自治会や市民の皆様の要望を伺い、周囲の景観や広さの特徴を生かした地域の方々が楽しむことのできる施設を配置した公園となるよう、設計の段階で施行者である東京都と調整していけるよう要望していきたいと考えております。
緑のある崖線は清瀬市の特徴

別に野塩団地に限りませんが、清瀬市には一つの特徴として崖線があり、崖があって、そこに緑がいっぱいあるということがあります。どういうふうに保全していけるかということも、今後の課題になってくることだと思います。

その意味では、今回野塩団地がもしそういう形で整備していけるのであれば、これもまた大きなモデルケースになっていけると思います。

湧水を使った噴水のある公園に

今現在、実は残念なことに湧水は出ていないようです。そこは恐らく昭和40年代後半にコンクリートの塀が建てられて、コンクリートで側溝のようなものがつくられたんですが、ある一時期まではあふれ出ていた湧水は、その側溝を流れていました。この間見に行きましたら側溝は空になっていましたので、とまっているのかもしれませんが、もしそこに湧水が復活し、せせらぎ公園のような流れになってくれば、せせらぎ公園のような公園復活もあり得るでしょう。もしそうなったら、その湧水を使ってそこに噴水をつくってください。

そういうようないろいろな意味で、モデルケースになる事業かと思いますので、ぜひご検討いただければと思います。  
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★見守りサーポート事業に“ふれあいヤクルト”を。

ふれあいヤクルト

先ほどもお話が出ていましたが、見守りサポートについてなんですが、先ほど八巻課長からご案内がありました大山団地の佐藤会長の講演会に私も参加させていただいて、昨日もお話ししましたように、自治会加入率100%の自治会でありまして、もう一つの売りは、孤独死ゼロということが大山団地の自治会の一つの成果なんですね。

見守りサポートの意義は

私ども清瀬の高齢者対策というのは、私は非常に先進的でよくやっておられると高く評価をしているんです。その中の一つとして、今回、見守りサポートが平成24年度の事業として行われました。私の住まう野塩団地も協力させていただいているんですが、改めて伺うんですが、この見守りサポートの意義と、昨年1年間の成果を改めてお伺いいたします。意義というのは、何のためにやっているかということなんですが。
この点、ご答弁をお願いいたします。
【八巻浩孝高齢支援課長】
見守りの正式名称は、実は高齢者ふれあいネットワーク事業という事業名がございまして、内容としましては、65歳以上の基本的には単身高齢者または高齢者のみの世帯につきまして、ひとり暮らしや高齢者のみの世帯でお悩みであるとか、なかなか閉じこもってしまう高齢者の方も多うございますから、そういったところを定期的に訪問させていただいたりとか、安否確認、福祉サービスの情報の提供を行っております。

現在、平成25年末でふれあい協力員というのが57人いらっしゃいまして、それ以外に220ほどの事業者も登録をしていただいておりまして、この間の事業にはそういったところからご参加いただいております。

私も実は4月に来て既に実績がありまして、そういった事業者から、新聞が3日分たまっているから見てほしい。あとはヤクルトから、ふだんだったら必ず出てくるのにきょうは出てこないから何とかしれくれないか。そういう形でお邪魔をして、実際にベランダを乗り越えて中へ安否確認に行ったこともございます。

そういったことでは、孤独死、そこまで至らなくても、中で体調が悪くてなかなか外に出られない方についてのいろいろなサポートができているんじゃないかなと思っておりますので、清瀬市はなかなかこういったところに、皆さん非常に積極的に登録していただいているので、今後もこういったところを活用しながら、立川市を見習いながら、孤独死ゼロに近づくように頑張っていきたいと思っております。
孤独死の定義

見守りサポート、高齢者ふれあい事業ですが、おっしゃるとおりで、やはり孤独死をなくしていくというところが最終的な目標でして、大山団地自治会も孤独死ゼロだったとおっしゃっていて、孤独死の定義というのを会長がおっしゃられたんですね。孤独死というのは、死後何時間たって見つけたら孤独死というのかわかりますかと会場の方々に聞かれまして、そもそも質問の意味が私もよくわからなかったんですが、つまり孤独死という定義は、死後24時間以上たって発見された死体のことを孤独死というそうなんですね。つまり、亡くなっていても、24時間以内に見つければ、それは孤独死とは言わないという。

大山団地のことで言えば、当然いるわけです。独居のご老人がおうちで亡くなっている方はいる、幸い24時間以内にその死体を発見したために孤独死ではないということなんですね。

亡くなる前にサポートすることが本義では

私、その話を聞いて、ああ、そういうことなんだなと改めて、今回、私ども野塩団地でもやっている見守りサポートのことを思い至ったわけですが、私どもも、つまり新聞がたまっていたり、換気扇から異臭がした場合に通報していこうということで、団地の自治会役員全員で言っているわけですが、ある意味、新聞がたまっていて、ぐあいが悪くて新聞を取りにいけないということも当然あるんだと思うんです。異臭というのは、よっぽど家が汚いか、もう亡くなっているか、どっちかなわけで、亡くなった後24時間以内に発見するということも大事なんでしょうが、一番大事なのは、死亡させないということが一番大事なことであって、そこに至るまでには、やはり我々の力では一歩足らないんですね。当然、毎日毎日、とんとん行ってご機嫌伺いするわけにもいかないので。

そういった意味では、清瀬市でやっている見守りサポートふれあい事業は、事業者にもご協力いただいて、今お話に出ましたように、ヤクルトのご協力を頂いては、ということなんです。やはり私はある年齢以上の独居高齢者で、またはご本人が健康上不安のある方については、ヤクルトのやっておられる、“ふれあいヤクルト”というそういった有料サービスを活用してはどうかと思います。

毎日、フェイス・トゥ・フェイスのヤクルトレディ

つまりいろんな事業がある中で、フェイス・トゥ・フェイスで毎日のように訪問してくれるサービスというか、仕事というのは、ヤクルト以外余りないんですよね。牛乳もある意味、置いていくだけですし、新聞も入れていくだけですからね。毎日のように会って、顔色を見て、愚痴をちゃんと聞いて、たった80円のヤクルトを売るだけで30分やそこらしっかりお話を聞いて帰るという、本当に偉いと思うんですよ、あの方たちは。

そういった意味では、先ほども申しましたように、全員というわけにはもちろんいかないんですが、ある年齢以上の健康不安のある独居老人については、ヤクルトと提携をして、そういうところにヤクルトを置いていく傍ら、しっかりと顔を見て、健康状態やそうしたことを見ていくということを提案をしたいと思うんですね。

これについても、もしご見解があればお願いいたします。
【新井勘資社会福祉課長】
ふれあいヤクルトの件についてなんですが、以前にも委員からお話しいただきまして、事業としては大変すばらしい事業かなとは思っております。

一番のハードルといいますか、予算、お金がかかるということで伺っておりまして、検討していきたいと思います。

ありがとうございます。もちろん予算のかかることですから、ぜひご検討いただければと思います。  
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2014年04月08日

■坂田新教育長に申し入れしました。

新教育長に申し入れ

去る4/3(木)、この春から前東田教育長に代わり、新しく就任された坂田教育長に、公明党市議団として申し入れを行いました。

坂田新教育長は、これまで教育部指導課参事として東田教育長を支えて来られました。また、もと音楽の先生として教壇に立たれ、熱いハートをもった素晴らしい方です。

新教育長に申し入れ

申し入れ以外にも話は教育全般に議論は及び、明日の清瀬を担う人材を育成するため、熱い議論が交わされました。なお、この申し入れには、やはり新しく就任された絹教育部長も同席されました。
平成26年度一教育行政に関する要望書

今日の社会情勢は、かつてない長期にわたる経済不況、先進国の中でも最も早いスピードで進む少子高齢化、年金・医療・介護などの社会保障システムの将来不安、人類の生存を脅かす環境問題、凶悪犯罪や自然災害への不安など、重苦しい閉塞感が社会全体を覆っています。そして、制度疲労によるシステムの見直し、過去の負の遺産の清算と21世紀の未来の創造という歴史的な分水嶺にあるとの認識に立ち、思い切った改革への取り組みは、喫緊の課題となっています。

私たち清瀬市におきましても、第4次行財政改革に至る改革を止めることなく、地方分権の推進、協働のまちづくりなど、将来の地方自治を支える行財政全般にわたる体質の改善を図ることは、今日的な重要課題であります。

そして、地方自治体こそ、人々が生活をし、活動を営み、生きる教びを表現する最も身近な行政機関であることに鑑み、医療・介護、環境、教育・文化、産業、コミュニティなど、地方分権社会における清瀬市の素晴らしさを、さらに具体化させることが求められております。

この度、新たな教育長が誕生しましたことを受け教育行政に関する要望を行い、下記の事項について積極的な対応を求めます。

【基本的な施策要望に関すること】

大津市の中2男子いじめ自殺事件を受けて教育委員会改革が進められていますが、教育委員会の体質改善や学校運営という視点で見た場合、校長の権限、経営の主体性、地域の協力などが懸案となってまいりますが、教員の指導力向上や少人数授業、チームティーチングなどによる行き届いた教育、そして、いじめ対策の強化、次世代型の総合相談支援センターにおいては、支援を担当する部署や組織の連携の強化や問題解決へのスムーズな体制づくりを求めるとともに、老朽化した校舎や校庭など教育施設の大規模改修の年次計画は優先して行い、併せて防災機能を持った施設にするよう要望致します。

また、生涯学習に関しては活動の場の確保、施設の耐震化やリニューアルも考えられ、積極的な対応を要望するとともに、高齢社会やコミュニティの形成のための重要施策と位置づけ、その推進を図っていただくよう求めます。

【各施策に関する具体的な要望】
                 
1.教育委員会改革
ゞ軌薜儖会の中で新教育長に事務・権限をどう再配分するのか、総合教育施策会議と教育委員会の関係をどう整理するのか、役割分担を明確にして運用をしていただくこと。
△海譴泙念幣紊棒賁臈な審議が求められます。教育委員の人選について検討を行うこと。
首長の教育の理念を明確にすることが大切です。自治体の教育振興基本計画を首長が教育委員と事前に協議し、議会での論議を経て策定すこと。

2.いじめ防止対策
々残垢中心となり、学校全体でいじめの兆候を早期に発見できる体制を構築すること。
∋廚い笋蠅覆彬かな人間性を育む道徳教育を推進すること。
スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーを拡充すること。
いい犬疚簑蠅悗了愼海鮃圓Τ惺擦悗龍軌の配流や教職員の研修を行うこと。
イい犬疚簑蠅梁弍について、市民・児童・生徒・保護者への周知を図り、学校と地域の全体で、いじめをなくす意識を高めること。
θ鏗下圓諒欷遏加害者への措置、両者の心のケアと再発防止策の拡充を行うこと。
第三者的立場からいじめ問題を解決する組織、学校を支援する外部専門家を活用した支援チームを設置し、初動調査から関与すること。
╋軌薜儖会、学校、被害者の保護者が情報を共有できる体制を構築すること。
地域の中学校の生徒会役員が集まり、いじめ問題などを話し合う「サミット」の開催を行うこと。

3.その他の施策の要望
ゞ薪擇妨悗蠅鮖つ将来の清瀬を担う人材を育てるため、清瀬の歴史や文化を大切にした郷土教育を行うこと。
△んと喫煙などとの関係や治療方法、検診の重要性、医妙の現状、命の大切さなどを総合的に学ぶがん教育を行うこと。
7搬單渡辰筌ぅ鵐拭璽優奪箸魄汰瓦つ有効に活用するために、情報モラル教育の実施、ネット依存等アンケートの実施、家庭と学校が連携しインターネット使用ルールの作成を行うこと。
いい犬疔侈任箍魴茲砲發弔覆欧詁仔繕軌蕕僚室造鮃圓Δ海函
ゼらの危険を予測し、回避する能力を高める防災教育の実施を行うこと。
η々巧妙化する悪質商法から身を守る消費者教育を行うこと。
太陽光発電等を利用した再エネ環境教育を行うこと。
┳導惺賛渊餞曚棒貲い粒惺算塀颪稜枌屬鮃圓Δ海函
電子黒板、タブレット端末の配付、デジタル教科書などITC教育の推進を行うこと。
非構造部材の耐震化を推進すること。
通学路の安全対策の総点検も行いましたが、学区変更後の再度点検と安全対策の推進を行うこと。
学校給食のアレルギー対策として、アレルギー調査、除去食のチェック体制の強化、事故発生後対応のための教職員向けのエピペン使用講習会の開催を行うこと。
全小中学校に災害用マンホールトイレの設置を行うこと。
豊かな心、丈夫な体を作るという視点で、子ども達の丈夫な体を作る為の施策と環境の充実を進めること。
  
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2014年04月07日

●街灯の柱を補修して頂きました。

街灯柱補修

柳瀬川回廊の梅坂橋付近、河原に降りられる階段のところにある、街灯の柱の根元が腐食していて危ないとご相談頂きました。さっそく見に行くと、土台のコンクリートも割れており、異常気象で大風や突風も珍しくない昨今、これは危険と、所管課にご相談しました。

街灯柱補修

ご相談してほどなく、ガッチリとコンクリートで固め、補強して頂きました。こうした街灯柱の腐食は、市内あちこちにあるようです。順次、補強してくださるとのことでした。よろしくお願い致します。  
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2014年04月05日

■清瀬四中の音楽定期演奏会にお邪魔しました。

四中吹奏楽部

清瀬市の中学校はいずれも部活動が活発で、スポーツ・音楽、いずれも優秀な成績を残しています。私の出身校である四中は、太田先生率いる吹奏楽部がとても優秀です。私の二人の子どももお世話になっており、毎年の定期演奏会はとても楽しみにしています。

ということで、3/28(金)にけやきホールで行われた演奏会にお邪魔しました。回を重ねるごとにお客さんも増えている感がありますね、それだけ演奏レベルの高さが認められてきているということでしょう。実際、とても上手だなあと今回も感心しました。

四中筝曲部

また、今回は翌日3/29(土)に四中体育館で行われた筝曲部の演奏会にもお邪魔しました。10年前に亡くなった母が持っていた琴を、昨年末、筝曲部にもらって頂いたことからご案内を頂いたのです。

四中筝曲部

琴の音色はいいものですね。私も身近で琴の音色を聴いて育ったものの、最近では生の音を聞くことはトンとなかったので、とてもいい気持ちで聴くことができました。

時代の趨勢(すうせい)は吹奏楽ですが、やはり日本の伝統芸術であるお琴は是非教え伝えていって頂きたいと思いますし、筝曲部を選んで入って下さったお子さんたちも大事にして頂きたいと思います。  
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2014年04月04日

■ピッコロさんの事務所開きにお邪魔しました。

認可外保育園ピッコロルーム

3/28(金)、NPO法人子育てネットワーク・ピッコロさんの移転事務所開きにお邪魔しました。言うまでもなく、ピッコロさんは子育て支援の民間団体として、全国的にもモデルとなる活動を展開し、清瀬の誇るNPO団体のひとつです。

これまでのマンションの一室を使った事務所から、今回、良い拠点を設けられ、認可外の保育施設を併設した事務所に移転されました。

場所は、志木街道芝山アンダーパスの東側、旧コンビニエンスストアのあったところです。

認可外保育園ピッコロルーム

事務所の開設をお祝いして、市内のご婦人による「かっぽれ」踊りが披露されました。ピッコロさんのホームページはこちらです。  
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2014年04月03日

■災害のマンホールトイレ視察しました。

マンホールトイレ

去る3/28(金)、今回市内の小中学校三か所に設置されたマンホールトイレを視察しました。災害時には電気・ガス・水道などのライフラインが断絶し、様々なことが不便になりますが、トイレが使えない(水が出ないため)というのは、とても困ったと被災者の方々は口を揃えます。

このマンホールトイレは、下水管に直結したマンホールを災害時の簡易トイレとして使用するもので、ただ排泄物を溜めておくだけの簡易トイレに比べ、定期的に流せる分快適です。

マンホールトイレ

今回、市内の三校(8小・清明小・3中)にそれぞれ5つずつマンホールが設置されました。いずれもプールの近くに設置しプールの水で流せるようにしています。

マンホールトイレ

普段はふつうのマンホールですが、災害時は簡易テントを設置し、個室のトイレになるわけです。外に設置しますので、音や匂いもあまり気にならないのではないかと思います。

今回は試験的に設置しましたが、今後は順次増やしていくそうです。

マンホールトイレ
  
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2014年04月02日

■NHK総合「ニュースウオッチ」で野塩団地むらさき会が取材されました。

NEWSウオッチ

昨年、様々なメディアで取り上げられ、全国区の敬老会となった野塩団地の“むらさき会”が、またしてもNHKのニュースで取材され、全国放送されました。

昨日4/1は消費税が8%に上がった日ということで、一般国民の声として取材を受けたのです。

NEWSウオッチ

NEWSウオッチ

NEWSウオッチ

ここに登場している方々は、むらさき会の会長・中原さんを始め、自治会で役員をお務め頂いている方や団地外ではありますがむらさき会に入会されている方など、地域では大変なにお馴染みの方々です。

最後に自宅まで取材に来られた、内山さんは日頃より地域活動にも積極的に参加されている大変に有名な方で、奥様とお孫さん共々、テレビに映ってしまいましたね。

NEWSウオッチ

取材風景です。私はたまたま別件で同席しており、取材風景をちゃっかり撮影してしまいました。インタビューされているのは、佐々木彩さんというリポーターだそうです。東大和の中間議員に教えて頂きました。

こうして地元が紹介されるのはとても気持ちがいいですね(地元が紹介された訳ではありませんが…)。  
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