2018年08月06日

★世界医療文化遺産への具体的な取り組みを/平成30年3月議会

世界医療文化遺産への具体的な取り組みを

また、都市格を高めていく上で、一つだけ注文をつけさせていただくならば、かねて市長よりお訴えいただいている、人類を結核から守るまち清瀬としての我が清瀬市の崇高な使命、そして成り立ちを、より多くの市民や他地域の方々に知っていただくことが都市格を高めることになる。この従来のお訴えが今回の所信表明にはお言葉としてはありませんでした。

もちろんこのことは市長のある意味ライフワークであり、これまでの在任期間中、事あるごとに言われ続け、そしてまた、かねて言われているように、行政の行う事業として予算をつけずに、市長ご自身がエバンジェリストとなって予算を伴わずにやるんだという主張はよく理解をしています。その効あって、結核研究所や複十字病院、東京病院、BCG研究所、また厚生労働省など、今やさまざまな援軍も市長のもとにかけつけてくださっています。

私はそろそろ本市として、ある程度の予算をつけて、世界医療文化遺産を目指す活動なり、またそのためにもっと広く、世界を結核から守るまち清瀬を広めるための事業を始めてもよいころだと思います。市長のご見解を伺います。

【答弁/渋谷金太郎市長】
世界を結核から守るまち清瀬を広める事業ですが、清瀬市と結核医療のとうとい歴史を知れば知るほど、清瀬市というまちのとうとさ、そして、そこに住む人々の心や魂、まさに清瀬スピリッツに感動します。

市報のコラムにも書かせていただきましたが、清瀬駅の改札での若いカップルの会話を聞いた方が私に教えてくれました。男性が女性に、清瀬市は高齢の人や障害を持つ人が多いから、かき分けて歩いてはだめだよと言ったそうです。何気ない会話に周囲の人に思いを寄せる心がしっかりと入っています。
また、都内から清瀬市に通勤されているある福祉施設の方の話です。都内では車椅子の方がバスの乗るとき運転手が対応しますが、周囲に時間のおくれでいらいらした表情を見せているお客さん、乗客がいます。清瀬市ではそのような表情を見たことがありません。運転手の対応もとても丁寧ですと私に教えてくれました。

もう一つ、複十字病院の先生からも患者さんの話を聞きました。酸素ボンベを持っていながらも、清瀬市の駅におりるとほっとする、我が家に帰ってきたみたいだと言われたそうです。まさにこれは清瀬スピリッツが本物で、市民の皆さんにしっかりと根づいていると感じることができます。こうした清瀬スピリッツをさらに広めていくためにも、世界を結核から守るまち清瀬をしっかりPRしていきたいと思います。

そして、こうした思いを関係機関と一つにするため、現在、北里研究所との協定の締結の協議を進めており、今後は結核予防会や東京病院などとも協定を結んで、関係機関と連携しながら世界医療文化遺産に向けて取り組んでいきたいと考えております。

清瀬市民は心根の良い人が多い
市長、ご紹介いただいた市報のエピソードはこれすごい話ですね。本当に世知辛いこの世の中ですさんだ話ばかり聞く、このニュースの中で心がほっとする、本当にいいエピソードだなと思います。

この方々が社会事業大学の学生だったのか、本市で生まれ育った根っからの清瀬っ子だったのか、どういう方かわかりませんが、でも市長がかねておっしゃられているような、とうとい清瀬市の歴史というものをよく学んだ結果、こういう心持ちになった若者だとしたら、これはもう本当にすばらしいことだと思います。

清瀬の尊さを歴史を通して学ぶ。それが都市格を上げること
これも何度も申し上げていますが、清瀬市というのはもう昔から医療のまち、結核のまち、行ったら病気が移ってしまうまち、というような暗い、どちらかといえば物悲しい、そういうイメージで語られることが多かった。都内から教育長なんかも杉並区から清瀬市に赴任なんていったときにちょっとびっくりするとか、そういうことはなかったですか。ないですね。清瀬市というと、それぐらいどちらかというと、イメージとして暗い。

だが、市長は発想の転換をされた、そうではないんだと。清瀬市というまちは太古の昔からひもといたって、悲田処があったんだよとか。つまり困った人に対する奉仕の姿勢を清瀬市というのはずっと貫いてきたまちであり、結核研究所だって、BCG研究所だって、いまだに世界三大感染症の一つである結核を守る中心拠点としてやっているんだと、我々耳にたこができるほど聞いているわけです。これを市民の皆さんにもしっかりと知っていただくということが、やはりこれは都市格を高めるということだろうと、私も大いに賛同いたします。

人間だってそうですよ。私もう住んでいませんが、野塩団地に余りぱっとしないというか、誰だってぱっとしませんが、普通のご婦人がいて、特段光を浴びることはないんだが、実はその方は毎朝団地の坂を掃除していた。それをいつしか人に知られるようになったときに、その人はすごい人だなと、人格が尊く思われる。

まさにこれと同じことが今、清瀬市でも起きている。この清瀬市の昔からの歴史がこういう形で知られるようになった暁に、市民である我々も都市格を高める、清瀬市民としての誇りを持てる、シビックプライドを持てるというまちになる、そういう人が集まったまちになる。清瀬市外の人も清瀬市はすごいまちだよねということを思っていただけるということになる。これがまさに暁に清瀬スピリッツというものを共有した市民のグループになってくるんだと思います。

世界医療文化遺産指定を目標として掲げることが大事
この世界医療文化遺産を目指すということが大事なことで、とれる、とれないというのは簡単なことでてはありません。世界文化遺産を目指している行政都市というのはいっぱいあるわけで、それは簡単にはもちろんとれないんだが、とるぞということを運動としてやっていく中で、こういう歴史を知っていくということが私は大事なことだと思うんですね。これは市制50周年への取り組みと同じことで、この市制50周年の取り組みの中で世界医療文化遺産を目指そうとか、そういうことがある中で清瀬スピリッツを醸成していくということにもなろうかと思います。

Posted by takosuzuki │ ■議会報告/City Concil Report