2021年02月28日

■中澤副市長を悼む。

追悼・中澤副市長
2019年11月。市民文化祭会場でばったりお会いした。

去る2/22の月曜日の午前、中澤弘行清瀬市副市長が急逝されました。あまりに突然のことで、私もただただ唖然としました。その前の週は、3月1日より始まる議会のことやら何やら様々お会いしご相談していたので、信じられない気持ちで一杯でした。

【訃報】中澤弘行副市長 死去のお知らせ 清瀬市公式ホームページ

中澤副市長は、私が議員になったちょうど10年前、渋谷金太郎新市長就任と合わせて、新市長の推挙により議会議決を経て副市長になられました。市長の描く新しい清瀬市のグランドデザインを実務家として、着実に行政化し実現させた偉大なる番頭さんでした。

副市長就任直後の中澤副市長
2011年6月。会派控室に挨拶に来られた福永前副市長と中澤新副市長

いよいよ新庁舎竣工も間近となり、そして国として初めての全国民へのワクチン接種という難事業も、若き俊英を担当者にあて、“医療のまち・清瀬”にふさわしい万全の態勢を整えられてのご逝去でした。

追悼・中澤副市長
2019年1月。成人式の開会前。渋谷けいし議長とともに。

私自身、これまでの議員としての10年間、明日の清瀬を市長とともに夢見、議論しながら、副市長とはそのための実務としてどうしていくか、また、市民の方々からの様々な悩みへの解決策など、またあるときは都の絡んだ問題へのアドバイスなどなど、これまで何度も副市長室を訪ね、ご相談してきました。私の市政報告会にも何度もお越し頂き、お話をして頂きました。

追悼・中澤副市長
2012年9月。初めて私の市政報告会に来て頂いた。

追悼・中澤副市長
2015年7月。私の市政報告会にて。

追悼・中澤副市長
2016年2月。私の市政報告会にて。

芸術にも深い造詣をお持ちで、八王子の美術館で行われていた西洋美術絵画展示をご一緒させて頂いたこともありました。清瀬市の文化祭では、市民の書かれた作品をお一人で丹念にご覧になっておられた姿も忘れられません。

議会においては、終始大変に厳しいお顔をされていた反面、それ以外のときはとても穏やかでチャーミングな笑顔で周囲を和ませてくださる副市長でした。

あまりに突然のことで、深い深い悲しみが役所全体を覆っていますが、市政運営の司令塔の役目を一日も早く決め、市を安定運行させていかなくてはなりません。

誰よりも清瀬市のことを考えておられた副市長のためにも、役所の職員はもちろんですが、私たち議員も一致団結して、この難局を乗り越えていきたいと思います。

まずは、中澤副市長、ありがとうございました。心よりご冥福をお祈り致します。
合掌。

Posted by takosuzuki │ ■活動日誌/BLOG